介護保険サービス事業においては、介護保険の自己負担割合分を基礎として、デイサービス等の食費、施設においては居住費、管理費等の費用が毎月発生します。
これらの費用を利用者・家族から回収できず困っているというお悩みはないでしょうか?
「弁護士法人おかげさま」には、さまざまな形態の事業所様から、このようないわゆる「未収金」の問題についてご相談を承っております。
未収金の問題は、本稿執筆の22年の時点では自己負担割合1割が原則であるためまだ大きな問題と認識されていないかもしれませんが、24年の次期報酬改定では原則2割に引き上げられる可能性が濃厚とみられており、今のうちにしっかりとした対策を講じておくべきです。
筆者の個人的な考えですが、特に社会福祉法人は意識改革が必要です。
福祉を公共事業として行うという意識がまだまだ根強く、未収金に鷹揚なところが見受けられます。しかし、何もしないでいると施設が「現代の姥捨て山」になり破綻してしまうかもしれません。より危機感を高める必要があるといえるでしょう。
本コラムでは、事業所別に利用料の未払い問題の事例と、その予防策・解決法を解説します。
目次
滞納・未払いが起こるケース(在宅編)
訪問介護やデイサービス等の在宅事業では、専ら介護保険の自己負担分や食費といった低額の費用が未払いとなります。
1割負担であれば1万円前後と比較的低額であるため、あまり気にしない事業所も多いようです。
しかし「塵も積もれば山となる」の言葉どおり、件数が増えてくればその影響も強まるでしょう。さらに自己負担が2割に引き上げられればより深刻な事態となります。
また、数百円、数千円だからといって未収状態を放置する訳にもいきません。現場職員は折りに触れ利用者側に支払いを求めますが、「今月は通院が重なったから余裕がないけれど、来月に必ず払うから」等と言い訳をされ、未払い額は積もるばかり…
対応する職員も疲弊する一方、という状況をよく見聞きします。
視点を利用者保護に向けると、未払いが生じる原因として次のような事情がしばしば見受けられます。
【滞納・未払い事例】
息子と二人暮しの母親Aさん(81才)は、息子の介護を受けながら生活していますが、息子がAさんの通帳から勝手にお金を引き出し、パチンコに通う毎日。
デイサービスを週2回利用していますが、最近支払いが滞りつつあります。
食事も一日一回だけコンビニ弁当を買い与えるだけという生活のため、Aさんの健康状態が危ぶまれます。
これは、いわゆる経済的虐待(養護者又は高齢者の親族が当該高齢者の財産を不当に処分することその他当該高齢者から不当に財産上の利益を得ること)に該当するといえるでしょう。
利用料を払って頂けない理由としては、
①利用者自身が何らかの理由で支払いを拒む
②身近な家族等が利用者の財産を不当に搾取している
(利用者自身は事業所に迷惑をかけたくないと思っている/利用者は認知症で判断ができない)
というパターンがありますが、後者は虐待という深刻な問題と繋がっています。
在宅事業所の未収・滞納問題対策
訪問介護看護、デイサービス、デイケア、ショートステイ等の在宅系サービス事業所では、次のような未収金対策を講じることが効果的です。
連帯保証人の設定
連帯保証人とは、サービスを受ける利用者本人(主債務者)がお金を払えなくなった時に、代わりに返済する義務を負う責任を負う人を指します(なお、2020年4月以降は連帯保証人として負う債務につき上限(極度額)を設けることとされましたのでご注意ください)。
この連帯保証人に、利用契約上いわゆる身元保証(引受)人となる家族が自動的になるよう定めると良いでしょう。以下の規定例をご参照ください。
身元保証人は以下の義務を負います。
本契約に基づき利用者が事業所に対して負う債務につき、契約時の利用料6か月分を限度として、利用者の連帯保証人として履行の責任を負うこと
メリットは、利用者の年金を家族が管理し支払わない場合等に、連帯保証人となった家族に直接請求していくことが可能となります。
連帯保証人になっていなければ、いくら家族が搾取していようと、実は法的に請求することはできません。打てる手はせいぜい前述のように経済的虐待であるとして役所に通報し介入してもらうか、市区町村長申立による後見人の選任を促す位でしょう。
また利用者が死亡した場合でも連帯保証は続くため、事業所は相続の問題に関係なく請求することができます。
デメリットは、連帯保証を負担に感じ、契約締結を辞退する人が現れることが懸念されます。
親族であれば心理的ハードルは低いかもしれませんが、身寄りのない利用者は友人や知人に身元保証人となってもらうよう頼むこともあり、身内でもないのに連帯保証の責任まで被るとなると躊躇することもあるでしょう。そのような事情から、身元保証人となってくれる人がおらず契約ができない…という事態も多発するおそれがあります。しかし、そうかといって連帯保証を原則として求めないという形にすると、いざというとき困るのは事業所です。
在宅サービスにおける未収金は大抵低額で済むため、連帯保証までは求めないという事業所が現状(2022年時点)では大多数であるようです。
また後述するように施設と異なり在宅系は、いざとなれば滞納を重ねる利用者と縁を切る(契約解除し、サービス提供を終了させる)ことができるため、比較的深刻な事態とはなりにくいという事情もあります。
ですが、繰り返しになりますが原則2割負担が実現しようとしている昨今において、未収金問題は経営を傾かせるほどのシビアな課題になっていくことが予想されます。
本来得られるべき利益が得られないのでは、そのしわ寄せは最終的に現場職員にいってしまいます。一生懸命提供したサービスの対価を受けられないとなれば、現場のモチベーションも低下してしまうでしょう。ボランティアで事業をしている訳ではない以上、未収金の回収も事業の一環として真剣に取り組んでいくべきだと言えます。
利用者・家族への督促
ある顧問先で、「未収問題が生じたことは一度もない」というところがありました。
その秘訣を尋ねたところ、「ご利用者ご家族との信頼関係ができているということもあるが、1回でも遅れたら必ずすぐにリマインドの連絡をして、小まめにチェックしている」とのことでした。
これは、実は大変重要な姿勢であり、払う側としては「一番請求がうるさいところから払う」という心理があります。逆に言えば、支払時期が遅れても何も言ってこないところは後回しにするものなのです。
家賃、食費、携帯代…介護サービスの利用料は、生きていくために必要な諸々の費用と競合関係にあります。他の請求先に埋もれてしまわないよう、電話をまめにかけるなどして優先順位を高めてもらうことがポイントなのです。
この事業所を見習って、一度でも滞納があればすぐに連絡をするという対応をまずは当たり前のものとしましょう。勿論、その際に相手を責めたり威嚇するようなことを言ってはいけませんし、言う必要もありません。またこちらに間違いがあるかもしれないため、「昨日がお振込み頂く日となっておりましたが、恐れ入りますがまだ当方でお振込みの事実を確認できておりません。お振込みは既にして頂いておりましたでしょうか?」等、事実を淡々と伝え慎重に尋ねていくスタイルが良いでしょう。
大抵の利用者家族は、この時点で滞納していることを謝りすぐに対応してくれるものです。問題は「来週必ず払うから」等と言い、のらりくらりと逃げようとする場合です。或いは、いつ電話をしても一向に出てくれないといったケースもあるでしょう。そのような場合は次のステップに進む必要があります。
任意督促(書面による請求)
電話で催促しても埒が開かなければ、次は手紙で催促をします。
いわゆる内容証明郵便のイメージが強いかもしれませんが、必ずしも内容証明でなければならないという訳ではありません。
誤解されがちですが、内容証明とはその手紙の中身(内容)自体が正しいことを証明してくれたり、何かしらの強制力を持つものでは無いのです。単に、その文面(内容)で相手に送付したという外形的な事実を、郵便局が証明してくれるというものに過ぎません。その意味では、内容証明で送っても依然として支払いに応じないということもざらにあります。
また内容証明は体裁や手続が厳格に決まっており、慣れなければ出すだけでも一苦労です。それよりも未収金の回収は迅速性が求められるため、まずは普通郵便でも構いませんので支払を求める旨通知しましょう。
その上で、進展が見込めないようであれば内容証明に配達証明を付けた請求書を送るか、裁判所を介した次のステップに進みます。
3つ目以降は、裁判所を利用する方法です。支払いを求める際に裁判所を利用する方法は大きく分けて3通りあり、調停、支払い督促、訴訟があります。
民事調停
調停は最もマイルドな方法であり、簡易裁判所に相手方との話し合いを求めるものです。
裁判所の調停委員会のあっせんにより、話し合いによる解決を図るもので、調停で合意された内容は判決と同様の法的効力が生じます。
メリットとしては、穏便にことを進めることが期待でき、一方で飽くまで任意の話し合いを求めるに過ぎないため、相手が拒否や無視をすれば何も変わらないというデメリットがあります。
相手方にも支払をしない理由があり、第三者を交え話し合った方が建設的であると思われるような場合は、調停を選択すると効果的な場合があることでしょう。
支払督促
支払督促とは、いわば裁判所に代わりに催促(督促)をしてもらえるという手続です。
書類審査のみで行う迅速な手続であり、費用も数千円と安価です。
申立人の申立てに基づいて裁判所書記官が金銭の支払いを求める制度で、相手方からの異議の申立てがなければ判決と同様の法的効力が生じます。
数千円の手数料で手軽に申し立てられ、相手が異議を述べなければ判決と同様の効果が得られる点がメリットですが、相手方が反論をすれば通常訴訟に移行するという点がデメリットです。
もっとも、こちらの言い分が認められ、或いは勝訴しても相手方の口座が空であり、それ以外にあてになる財産が無いようであれば、最終的に回収することはできないことになります。
方法は簡単で、裁判所の公式サイトより支払督促の申立書をダウンロードし、必要事項を記入の上管轄の簡易裁判所に提出します。
内容証明と異なり、確実に話が進んでいくため、実務上は支払督促をすることをお奨めしています。
訴訟
判決によって解決を図る手続です。裁判官が法廷で双方の言い分を聴いたり、証拠を調べたりして、最終的に判決によって紛争の解決を図ります。
実務的には、先の支払い督促をした結果相手方が異議を申立て、訴訟に移行するというパターンが多いといえるでしょう。
なお、60万円以下の金銭の支払いを求める場合、原則1回の審理で行いその日のうちに判決が言い渡される少額訴訟という訴訟形態もあります。
メリットは、最終的に法的強制力のある判決を得られることですが、正式な裁判として厳格な手続に則り進めていかなければならないため、費用や時間がかかるというデメリットがあります。
以上が未収金回収の法的手段ですが、いずれにせよ相手とする人が利用者の家族であれば、契約上、連帯保証人とされていなければ何もできない点に注意が必要です。
利用者本人であれば本来支払いをすべき債務者なので法的に請求していくことが可能ですが、認知症であり後見人も就いていないような場合には、こちらから利用者に就く代理人の申請をしなければなりません。或いは後見人選任を市区町村長名義で申し立てるよう行政に働きかけなければなりません。
そうこうしている内に滞納額は膨れ上がり…という恐ろしさがあるため、ご家族には最初から連帯保証人になってもらうことが賢明といえるでしょう。
強制執行
こちらの言い分が認められ裁判で勝ったとしても、判決文さえあれば相手から自動的に滞納額が振り込まれるということはありません。
相手が自分から支払おうとせず無視を決め込む場合は、こちらから相手方の資産を差し押さえる必要があります(強制執行)。
例えば、利用者の家族を連帯保証人として訴え勝訴しても、その者名義の口座が空であり、それ以外に当てになる財産が無いようであれば、最終的に回収することはできません。
また財産が無いというのも、相手方はどのような財産をどこに保有しているかといった情報を教えてくれることは無く、個人情報であるため調査するにも限界があります。
「何のためにこれまで努力してきたのか」と、愕然とする方もおられるかもしれませんが、残念ながらこれが法的手続の限界です。
「最終的に回収できないことが分かっているならば、なぜ支払督促や訴訟までやる意味があるのか」と不思議に思われるかもしれません。これはある意味、この未収の問題に「区切りをつける」というためにやるという側面があります。「考え得る最後の方法までやり尽くしたが、結果として回収できなかった」という結末であれば、法人やその利害関係者(社会福祉法人であれば評議員、株式会社であれば株主など)、会計監査法人などに説明ができるでしょう。
一方、そのような回収の努力もせず放置していれば、「当然やるべき企業努力を怠り、法人に損失を与えた」等と指摘されかねません。法的手続を採る本来の意味は、その点にこそ存在すると筆者は考えます。
なお、相手方が利用者家族の場合、その者が働いている場所さえ情報として押さえておけば、その会社から払われる給料を差し押さえることができます。これは非常に強力な手段であり、できれば契約前にそのような勤務先に関する情報も得ておきたいところですが、ご利用者へのケアとは直接の関係が無いため聞きづらい、という現実問題があります。
滞納・未払いが起こるケース(施設編)
特養や老健、有料老人ホーム・サ高住、そしてグループホーム等の施設系事業(利用者を建物内に預かり続ける形態)にとって、未収金は極めて深刻な問題となり得るものです。そのリスクは訪問・在宅系の比ではありません。なぜなら施設の場合は、「実質的にご利用者に退去して頂けない」という現実があるからです。この点、在宅系であればサービスを止めてしまえば、それ以上の出血(未収額の膨張)は食い止めることができます。また、その額も比較的低額で済むため、1割負担が原則の今のところはそれほど危機感を持たずに済んでいるのです。
それに対して施設系は、毎月数十万の規模で未収金が溜まり、あっという間に数百万に膨れ上がります。毎月引き落としをかけているのでそんな事態にはならないはず」と思われるかもしれませんが、家族側はやろうと思えばその口座から年金が振り込まれた瞬間に全額を引き出し、空にしてしまうことが可能です。そうなると施設は利用料を引き落とせなくなるのです。そして音信不通になる…というのが最も深刻なパターンです。いわば現代の姥捨山といえるでしょう。
契約書にいくら「3ヶ月分の利用料滞納で解除」などと定めたとしても、家族が利用者を引き取りに来ず放置すれば、施設の立場として利用者を追い出すことはできません。もし、例えば家族の自宅前に置いて帰るようなことがあれば保護責任者遺棄罪(刑法218条)に問われることになります。他施設に移ってもらおうにも、施設側で勝手に進めることはできません。在宅と同様に「経済的虐待」であるとして何とか行政に救済(引取り)を求めても、行政は基本的に「民間の問題だから」と言い対応はしてくれません。何より、ご利用者本人は何も悪くないにも拘わらず、退去を求めなければならないというジレンマが現場職員をはじめ施設全体を大いに悩ませます。
残された手は在宅編で説明した訴訟しかないのですが、いずれにせよ未収金を回収するだけでなく出血の元を絶たなければなりませんから、ご利用者に退去を求める訴訟(居室明渡し請求訴訟)を提起することになります。その先は更に茨の道となるのですが、いずれにせよ粛々と進めていくしかありません。
このような事態を回避するには、何より小まめに各ご利用者の納付状況をチェックし、少しでも異変があれば直ちに手を打つことです。ある程度組織の規模が拡大し施設の数も増えてくると、ある施設で起きている未収状況が全く本部に伝えられておらず、蓋を開けて愕然とする…という現象が起きるリスクが高まります。利用料回収の場面でも、現場第一主義で臨むようにしましょう。
当事務所でサポートできること
当事務所「弁護士法人おかげさま」では、介護・福祉現場の問題解決に特化する中で得た多くの相談依頼事例を元に、迅速かつ最適な解決法をご提案することが可能です。また、未収金回収に向けた一連の手続をシステム化し、現場の事務員が考えたり悩まずに手続を進めていくことができる体制をご提供することができます。
これまで述べたとおり介護事業における未収金の問題は、ただ未収額を回収すれば終わりではなく、在宅においては経済的虐待、施設においては利用者の退去という真の問題が横たわっています。福祉事業所にとってこの未収金の問題はそもそも法人として掲げる理念やスタンスにそぐわないとして、これまで正面から取り組んでこなかったという事業所様も多いのではないでしょうか。しかし介護保険制度は明らかに個々の利用者負担を増していく方向で改正されていきます。なるべく早い段階で対策を講じることをお奨めします。
また、当事務所では無料のメルマガ配信を行っております。介護事業所に関係する法律面の最新情報、最新コラムの掲載情報、その他事業所運営において有効な情報を発信しております。ぜひ下記ボタンよりご登録ください。