介護現場の労災対策と労災トラブル事例を介護専門弁護士が解説

介護の仕事はご利用者の日常生活を支える素晴らしい仕事です。人と人との関わり合いが多く、人と接することの重要性を想像することは容易です。しかしながら、ご利用者の日常生活を支えるということは、例えばご利用者が姿勢を変える際に身体を支えたりする必要が発生するため、時として肉体的にハードな面も発生します。腰痛などの身体面での不調は介護職員には必ずついて回るリスクです。やがてそれが労災リスクになります。

さらにご利用者のみならず、そのご家族とのやり取りも発生し、時には心無いクレーム、カスハラも発生することもあり得ます。

また、介護サービスは職員1人で提供できないことが多くあります。複数の職員間で抜け、漏れの無い連携が実現できないと、事故やトラブルが発生しかねません。複数人が同じ職場で働けば、職員間のトラブルも発生し得ます。

これらの精神的な疲労、心が追い詰められることによって発生するメンタル面の不調が最終的には労災に繋がってくることがあります。

労災に関する基本的な解説はこちらのコラムにございますので、ぜひご覧ください。

なお、本記事では、介護現場で発生する労災対策、実際にあった労災トラブル事例を解説し、今後の事業所運営における労災リスクを軽減することにお役立ていただきたいと考えております。

 

介護現場の労災を予防するためにできること

実際に介護現場で労災が発生した場合はどのように対応したら良いでしょうか。ここでは、介護現場でよく発生する3つの事例をもとに対応方法について解説します。

 

腰痛対策

介護現場の労災では、「腰痛」の占める割合が多く、労災発生に比例して腰痛の発生件数も増加傾向にあります。腰痛には主に、ぎっくり腰などの災害性腰痛と、ヘルニア持ちなどの慢性腰痛があります。

特に介護現場では、利用者の抱きかかえ時などの「動作の反動や無理な動作」によって腰痛が引き起こされるケースが少なくありません。

引用:厚生労働省|職場における腰痛予防対策指針

 

介護現場では女性職員が多いですが、自分より重い利用者を支えようとして倒れたり、転びそうになったところをとっさに助けようとして自らが犠牲になるケースも多いようです。特に、特定技能等で来日する外国人の職員は、日本人の平均より小柄なことも多く、より負荷がかかりやすくダメージが大きくなることが懸念されます。

そのような過度の負担を避けるため、リフトやスライドボード、ロボット等の代替手段を積極的に導入することが効果的といえるでしょう。
また、厚生労働省では、腰痛予防対策のポイントとして以下の3つを挙げています。

腰痛予防対策のポイント

  1. 施設長などのトップが、腰痛予防対策に取り組む方針を表明し、対策実施組織を作る
  2. 対象者ごとの具体的な看護・介護作業について、作業姿勢・重量などの観点から、腰痛発生リスクを評価する
  3. 腰痛発生リスクが高い作業から優先的に、リスクの回避・定見措置を検討し実施する

参考:厚生労働省|職場における腰痛予防対策指針

 

転倒対策

介護現場での転倒防止対策には、「4S活動」「KY活動」「見える化」の3つの対策が重要です。

 

4S活動

整理・整頓・清掃・清潔のことです。日々の業務活動において、4Sを意識することで、労働災害の防止だけではなく、作業のしやすさ、作業の効率化も期待できます。

 

KY活動

危険(K)・予知(Y)のことです。業務を開始する前に、職場にはどのような危険が潜んでいるかを話し合い、指差し運動で確認します。実際に労災が起きるのは、自身の能力を越えた無理な動作・動作の反動によるものです。作業に取り掛かる前に、「これは危ない」と認識することで労災を防ぐことにつながります。

 

見える化

見える化は、危険を可視化して共有することです。たとえば、転倒や転落が発生し得るリスクが考えられるポイントに「ステッカー」を貼ることなどが挙げられます。危険箇所を全員に周知することで、慎重な行動を促します。

引用:厚生労働省|社会福祉・介護事業における転倒災害防止対策

また、人手不足からどうしても急いでしまい、廊下を走り転倒する、両手に荷物を抱えたまま移動し足を踏み外すという事故も典型的です。人が手薄になることは致し方ないかもしれませんが、それだけに慌てて事故を起こすようなことのないよう、普段から注意しましょう。

 

 

メンタルヘルス対策

精神的なストレスによるメンタルヘルス対策としてはストレスチェックの実施を行うのが一般的です。ストレスチェックとは、定期的に労働者のストレスをチェックすることで、労働者が心身の状態に気づき、メンタルヘルスの不調を低減する役目があります。

平成27年度の労働安全衛生法の改正により、50人以上の労働者がいる事業所ではストレスチェックの実施が義務付けられています。

もっとも、筆者の私見では、この制度は個々の職員のストレス状況を早期発見する役割にとどまってしまうものだと捉えています。ストレスの素となっている事象(利用者家族からのハラスメントや、職場内のパワハラ等)を詳細に追究するものではないため、表層的な分析にとどまるという点で不十分であるとみています。ストレスの源となるトラブルを予防・解消し、ストレスが溜まらない(溜まりづらい)職場環境を整備することが、より直接的な解決法といえるでしょう。

 

介護現場における労災の裁判例

労災が発生した際には、使用者には民事上の損害賠償責任・労災補償責任、また場合によっては刑事責任・行政責任など、法的責任を負担することとなります。

特に介護現場で精神疾患を発症した場合や、重大な事故や死亡事故が発生し労災と認められた場合、介護職員あるいはその家族から損害賠償請求を受ける可能性があります。

ここでは実際に起きた裁判例を紹介します。

 

 

介護施設が労災防止に向けて取り組むべきこと

介護施設は介護職員の労災防止に向けて、施設環境・業務の改善、および啓蒙・注意喚起の徹底が大切です。ここでは具体的な労災防止対策として、介護施設が取り組むべきことをまとめて解説します。

本記事内の「介護現場の労災を予防するためにできること」では、よく発生する個別の労災事例に対する対策を解説しました。ここでは、労災を発生させない施設になるために取り組むべき事柄を挙げます。取り組みやすい項目もあり、現在の業務を少し見直すことで改善できる可能性もあります。ぜひご覧ください。

 

職場環境の改善

介護職員が転倒・腰痛のない施設づくりのための対策としては以下の方法が挙げられます。

  • 作業場所の整理整頓
  • 作業場所の清掃
  • 危険箇所の見える化
  • 手すりの設置
  • 滑りにくい靴の着用義務
  • 一人介助の禁止
  • 介護ロボット・リフト等の導入
  • 一度に運ぶ荷物の制限
  • 就業開始前の準備体操実施
  • 余裕のあるシフト(人員体制)の構築

設備費などが掛かるものもあるため、一度にすべてを実施することは難しいですが、中には意識的に取り入れるだけで効果的なものもあります。

介護施設における腰痛予防対策の実親は、介護報酬の加算要件にもなっていますので、ぜひ取り入れてみてください。

参考:厚生労働省|職場における腰痛予防対策指針

 

介護職員の心身ケア

介護業界では慢性的な人手不足により、介護職員一人あたりの業務負担が大きいことが常態化しています。常態化するあまり、「それくらいやって当然」「昔はもっと大変だった」といったコミュニケーションの取り方では、さらに精神的ストレスを感じてしまうでしょう。

そもそも一人あたりの業務量が多い状態では、介護職員は身体的・精神的に追い詰められ、労災が発生しやすくなります。

中長期的に採用活動を行い、余裕を持った人員体制を構築するとともに、日々の介護職員の精神的ケアが必要です。いくら新たな人材を採用しても離職率が高ければ、経験が浅い職員が中心となるため、さらに労災のリスクが高まります。

社会福祉士・介護福祉士就労状況調査によると、介護福祉士が以前の職場を辞めた理由として多いのが、業務に関連する心身の不調(27.1%)、事業所の理念や運営の在り方の不満(25.7%)、職場の人間関係の問題(25.0%)となっています。(複数回答あり)

 

これらの回答は、賃金や労働時間といった労働条件を上回っているため、介護職員の本音としては「介護の仕事自体にやりがいはあるけれど、職場環境に不満がある」ということです。

逆にいえば、事業者が介護職員の働きやすさの実現や、一人ひとりの就業満足度向上に取り組むことで、離職率が下がり、労災リスクも抑制にもつながります。

引用:厚生労働省|過去働いていた職場を辞めた理由(介護福祉士:複数回答)

 

「カスハラ」が労災認定基準に追加される見通し

2023年8月28日の産業保健新聞が報じた内容ですが、同年7月7日に厚生労働省が「『精神障害の労災認定の基準に関する専門検討会』報告書」を発表しました。その中で「カスハラ」により発生した精神障害を労災認定する見通しとなっています。

参照:「労災認定の基準に「カスハラ」が新規追加の見通し – 産業保健新聞」

 

 

 

 

 

 

カスハラというのは、こちらの記事で解説しておりますが、「顧客や取引先、施設利用者等から受ける著しい迷惑行為」のことです。

今回、このカスハラが労災認定基準に追加される見通しとなったことから考えられるのは、それだけ介護従事者がカスハラによって苦しめられているという事実があるということです。

2019年末に世界中で発生した新型コロナウィルス感染拡大の影響で、介護現場ではこれまでに無い緊張感の中でご利用者の健康、生命を守ることを求められました。そのような状況でご利用者のご家族から執拗な問い合わせや指摘などを受ける環境にあり、大変辛い状況にあったはずです。

不測の事態に陥った場合に介護現場で対応する職員が矢面に立ちやすくなります。それ故に労災認定基準に加わることで職員側は安心材料となりますが、施設運営側、つまり経営者や責任者にとってはより一層労災が発生しにくい体制を準備する必要が発生します。

 

人手不足問題は早期に解決する兆しは無いからこそ

人手不足は介護現場だけでなく、どの業界でも大きな問題として存在しています。人材採用においては、業界の枠を越えて様々な事業者が争奪戦を繰り広げています。この事象は一時的なものではなく、少子高齢化が進む現在の日本では中長期的に続くことと思われます。

このような状況の中で介護・福祉の事業運営を行うとした場合、今いる職員を如何に定着させ、如何に人材の力を高めるかということに注力しがちですが、それだけではなく如何に問題無く健康で安全に働き続けられる環境を作るかも注力することが求められます。

人材は事業において大切な資産です。それは、まさに「人財」です。経営資源とも言われますが、この経営資源を如何に有効活用して永続的な事業運営を行うか。介護職員一人ひとりが、仕事を全うするためにも安全・安心な職場環境を整えることが事業者としての役目です。そのためにも「労災を起こさない」という意識を前提に、今回ご紹介した対策を含めて、具体的なアクションを実行してみてください。

 

介護・福祉専門の弁護士によるサポート

「弁護士法人おかげさま」は、10年以上にわたって介護・福祉業界に特化してきた経験と実績がございます。大切な現場職員の方々が労災に遭わないよう、或いは労災が起きてしまった後を想定し、次のようなサービスを提供できます。

介護・福祉業界の弁護士を事業所経営のサポーターとして活用することで、施設において発生する様々なトラブル、不安、突発的な事故、法改正により求められる対応などに対し、安心して事業所運営を行うことができます。

様々なサポートが可能ですが、労災に関する具体的なサポート内容は以下のようになります。

 

 

サポート① メンタルヘルスの阻害要因の除去

介護職員が利用者や家族からのハラスメントに悩まされているような場合、ストレスチェックによって精神面での不調の状況を確認できますが、解決させることはできません。重要なのはその当事者にハラスメントを止めるよう働きかけ、場合によっては事業所からの契約解除も必要になります。そのような対応のアドバイスや、代行を致します。

 

サポート② 労災後の休職に関するアドバイス

労災による傷病が長引くと、休職しなかなか復職できないといった問題に発展することがあります。どのような条件で復帰させるべきか等につき的確なアドバイスを致します。

 

サポート③ 内部研修の実施

メンタルヘルス対策が主となりますが、パワハラやカスタマーハラスメント対策に関する内部研修、労災の理解を促進する研修等を、法人や事業所の特徴に合わせカスタマイズしてご提供できます。

 

サポート④ 訴訟対応

残念ながら労災により職員に死傷が実際に起きてしまった場合等、法人の代理人として交渉や訴訟への対応を代行できます。

 

これらのサポートを継続的に、タイムリーにご提供できる顧問契約を、是非ご検討ください。

 

 

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