介護現場で事故が発生した場合の示談交渉の進め方

介護現場で事故が発生した場合、施設・事業所として事故後の対応に問題があると、ご利用者やその家族との関係が悪化し、裁判所に提訴される可能性もあります。

一般的に、介護事故によって責任が問われるのは介護施設・事業所の運営元ですが、場合によっては現場の介護職員や施設長等の個人が訴えられることもあります。

万が一、提訴されてしまえば、裁判に費やす時間や労力に加え、精神的なストレスなども掛かるため、なるべく迅速かつ穏便に示談で収めたいところです。

本コラムでは、介護現場で事故が発生した場合の示談交渉の進め方について、事故が起きやすいケースや、訴訟のリスク、トラブルの予防方法に分けてお伝えします。

 

介護現場で起きやすい事故は?

介護現場は、ご利用者につきさまざまな事故発生のリスクを抱えています。事故を起こさないためにはリスクヘッジが大切ですが、そのためにもどういった事故があるかを知っておくとイメージしやすくなります。ここでは介護現場で起きやすい事故についてそれぞれ解説します。

 

転倒・転落による事故


介護事故訴訟で最も多いのが、ご利用者の転倒・転落事故です。具体的には、ご利用者の転倒による骨折や、脱臼してしまったことでその治療費や入院費等の損害が発生します。その支払を施設側に求め、損害賠償請求訴訟に発展するケースが見られます。

特に高齢のご利用者は足腰の弱さから転倒の可能性が高く、介護職員が現場においてしかるべき対処を怠ったと判断されるケースが少なくありません。

 

誤嚥(ごえん)による事故

誤嚥

食べ物を喉に詰まらせてしまうといった誤嚥・窒息事故も、トラブルに発展するケースが多々あります。誤嚥によって、気管支炎や肺炎を引き起こして入院してしまうことや、最悪は窒息死となった場合は提訴されるケースも多くみられます。

人は年齢を重ねるごとに咀嚼能力が低下し、誤嚥事故のリスクが高まりますので、施設長や介護職員はどのような食べ物が誤嚥につながりやすいかを、あらかじめ把握し予防に努めなければなりません。予防と同じくらい、いざ事故が起きたときの心肺蘇生法等の救命措置を実施できるよう訓練しておくことも大切です。

 

その他介護現場で起こりやすいトラブル

その他にも、認知症のご利用者による離設・行方不明の事件や、寝たきりなどにより皮膚がダメージを受ける褥瘡(じょくそう)、他の利用者の薬を飲ませてしまう誤薬、肺炎等が発症した際の搬送対応の遅れなどが原因となり、訴訟に発展することがあります。

例えば介護労働安定センターが行った介護事故の実態調査によると、介護事故後、70.7%が骨折、死亡が19.2%にのぼるとの結果でした。
介護事故によって入院や死亡に陥った場合は問題がこじれる可能性も高くなるでしょう。
参照:介護サービスの利用に係る 事故の防止に関する調査研究事業報告書 (平成30年3月)

参照:|「介護サービスの利用に係る 事故の防止に関する調査研究事業」 報告書

 

介護事故の発生に関する近年の動向

厚生労働省は、2019年に全国の特別養護老人ホームと老人保健施設で発生した介護事故件数の調査を初めて実施しました(平成30年度介護報酬改定の効果検証及び調査研究に係る調査 (平成30年度調査))。その結果、2017年度の1年間で死亡した入所者が少なくとも1547人いたことがわかりました。

しかし、各自治体からの報告書の回収率は半分強にとどまり、またそもそも施設によって介護事故として報告するかどうかといった判断基準にもばらつきがあるため、実際にはさらに多いと見られています。

現在も、介護施設の入所者が怪我をするなどの介護事故が発生した場合、施設として市区町村や入所者の家族に報告する義務はありますが、自治体は国に報告する義務はありません。

平均寿命の向上に伴い高齢化が進む中、介護施設数も年々増加傾向となっています。一方で労働人口も減少しているため、現在介護業界は深刻な人材不足に陥っています。それらの背景事情によって介護事故の発生件数も増加していると考えられ、必然的に賠償請求や訴訟提起を受けるリスクも高まっていると言えるでしょう。

 

介護事故の交渉・訴訟対応におけるリスク

介護事故が発生した際には、ご利用者ご家族への迅速かつ慎重な対応が求められます。その中で、交渉・訴訟対応にはそれぞれ独特のリスクが伴うことを知っておく必要があります。ここでは交渉と訴訟それぞれの場面におけるリスクについて解説します。

 

交渉対応

ご利用者が怪我をしたり亡くなってしまったとしても、全ての事故につき裁判を起こされるわけではありません。実際には施設事業所とご家族の両者の話し合い・交渉によって解決することが大半といえるでしょう。

しかし、施設側としての対応方法を少しでも間違えると、途端にご家族の信頼が失われ、最悪提訴される可能性もあるため、施設・事業者側は慎重に対応を進める必要があります。なお、具体的な対応方法をより詳しく解説した冊子を無料でご提供しておりますので、是非ご活用ください。

 

 

以下、交渉段階で実際に施設・事業所側に生じるリスクについて解説します。

 

ご家族への直接対応による職員の精神的負担

ご利用者ご家族と直接対応する職員は、当然のことながら精神的に大きな負担がかかります。たとえば現場で転倒事故が発生したが原因不明な場合、法人としては強気の姿勢で「原因が不明である以上、施設に責任はない」と判断し、ご家族へその旨伝えることもできます。

しかし、実際に現場でそのことを伝えるのは施設長や職員の役割となります。この点、いわゆる交通事故であれば加害者と被害者が直接交渉することはなく、保険会社が間に入るものですが、介護事故の場合はそのように保険会社が代理として入ることは無いのです。

そのため、ご家族と直接対応する職員は常に矢面に立たされ、長期間に渡り繰り返し苦情や暴言等を浴びせられる可能性もあります。どれほど信頼関係ができているご家族であっても、大事故について「施設に一切責任が無い」という姿勢を示されれば、態度も硬化してしまうことでしょう。

場合によっては、対応した職員が名指しでクチコミサイトやSNSに悪口を書かれることもあり、組織にとって要となる大切な職員が深刻な精神的ダメージを受ける場合もあります。

 

ご家族への直接対応による職員の精神的負担

 

交渉の長期化による職員の疲弊

事故に関する示談交渉というものは、賠償額に関する双方の合意が成立しない限り解決しません。施設事業所側は加入する損害保険会社と協議し、少しでも先方の希望に沿う提案ができないか検討します。一方でご利用者ご家族としては、例えばご利用者が骨折し寝たきりになってしまったような場合は「将来介護費」として想定外の費用が発生するため、場合によっては数百万の請求となることもあります。

このように両者の提示する条件に開きがあればあるほど、交渉が長期化する恐れがあります。弁護士を代理人として立てるのであれば別ですが、担当者はその問題を抱えたまま通常業務をこなさなければなりません。

誰でも問題を抱えたままでは心がスッキリしないものです。長引く交渉対応は、時間や労力の浪費、職員のモチベーション低下にもつながり、結果的に優秀スタッフが離職してしまう可能性もあります。

 

交渉の長期化による職員の疲弊

 

保険会社との困難な折衝

ご利用者が入院や死亡事故に発展してしまった場合、民事上の損害賠償については、施設・事業所の加入する損害保険でカバーされます。保険の支払い手続きについては、基本的に保険会社の担当者から説明を受け、ご家族に対しても個人情報開示の同意書への署名等の協力を頂きながら進めていく必要があります。

しかし、中には、保険会社が介護の現場のことや介護事故訴訟の実態、傾向等を知らないこともあり、手続きがスムーズに進まないことも多々あります。そうした場合は施設事業所にとっても、必要以上に手間と労力が掛かる可能性があります。

 

 

訴訟対応

話し合いや交渉で問題が解消しない場合は、ご利用者ご家族側から法人や職員が提訴される可能性もあります。提訴された場合の負担やリスクとして考えられるのは次の3点です。

 

代理人弁護士の選任・説明負担

自分たちで裁判を受けて立つことは現実的ではないため、施設側としてもまず弁護士を雇わなければなりません。しかし、介護事故という特殊な紛争類型に精通した弁護士は極めて少ないというのが現状です。 保険会社経由で弁護士を紹介されたとしても、まず施設の特徴や専門用語の意味等から説明しなければならず大変だった…といった声をよく聞きます。

訴訟が始まると、およそ一月に一回のペースで裁判期日が開催され、原告と被告がかわるがわる主張と反論をしていくことになります。訴えられた被告の立場となる施設としては、施設代理人弁護士への状況説明や、次回反論に向けた協議を重ねる必要があります。裁判においては証拠がすべてです。事故報告書や介護日誌、ケアプランなどの書面記録などは貴重な証拠となりますので、そうした証拠を集め適宜弁護士に説明しながら、協議を重ねることになります。

裁判は通常1年以上に及ぶこともあり、その間の関係者の精神的負担は大きいものです。

 

 

 

現場職員が提訴・尋問で呼び出される負担

裁判では通常、裁判官により和解が提案されますが、この話し合いが不成立に終わると、尋問が開催されます。尋問とは、原告である利用者家族や、提訴された介護職員本人、または当事者以外の関係者が証人として裁判所に集められ、ほぼ一日かけて実施されます。尋問を受ける立場としては、数年前のことを思い出し裁判官の面前で証言しなければならない等、非常に心理的負担が大きいものとなります。

 

 

公開裁判による対外的イメージダウン

訴訟は原則として公開の法廷で行われます。誰でも傍聴することができ、裁判所の期日簿にも当事者の名前が掲示されます。最終的に施設側敗訴となり、数千万の賠償命令が下されるなど人目を引くような判決が出されると、マスコミやネット上で大々的に報道される可能性もあります。

その他、第三者のクチコミやSNSによる拡散を通じて世間に知られる可能性があり、これが対外的なイメージダウンに繋がるリスクもあります。

 

 

事故・トラブル予防のために事業所がすべきこと

介護事故が発生した場合、解決に向けた交渉や訴訟のリスクは常につきまといます。トラブルがこじれれば拗れるほど、時間・費用・精神的な負担が増していくため、施設・事業所は普段から事故やトラブルが起きないよう予防策を様々な観点から設け、いざというときの対処法を徹底することが大切です。

事故・トラブル予防のためにすべきことは多岐にわたりますが、ここでは基礎的なポイントを3つ紹介します。

 

利用契約時の説明

介護施設・事業所はご利用者との間で介護サービス契約書を取り交わしますが、実際に契約書の内容と意味が相手に正しく伝わっていなければ意味がありません。

具体的には、「施設・事業所は万一の事故に備え損害保険に入っており、賠償すべき事故が起きたような場合はまず保険会社の調査と判断が必要となる」というルールや流れを、はっきり説明し理解を求めることがポイントです。

いざ事故が起きたあとで保険の手続きについて伝えても、「そんなこと聞いていない」「施設の都合なんだからうちには関係ない。」といったクレームに繋がる可能性が高いといえます。そのため、利用契約時には契約書の条項に明記することは勿論、相談員等が口頭できちんと説明することが大切です。ご利用者やご家族が認知症である等、理解が難しいこともあります。お子さんがキーパーソンとなるケースでは、「事故は不可避であり、そのために保険に加入している」ということをしっかりお伝えし、理解を求めるようにしましょう。

 

 

介護計画の随時見直しや施設内環境の整備

普段から事故が起きないように、ご利用者の介護計画に無理がないか、施設内の環境に事故の要因がないか等を確認し、都度改善を図ることが大切です。

例えば、入居前のアセスメントの段階では、「ふらつきがある」といった情報を事前に外部から聞くことはあっても、より具体的かつ詳細な情報を聞き取ることは困難なこともあるでしょう。

そのような場合は、実際に生活の様子をよく観察し、「強い薬を服用した直後にふらつく」といった傾向があればそのことにフォーカスし、「服薬後は最低10分間座って安静にして頂き、その間必ず職員が付きそう」といったルールを都度設けていきます。これをケアプランや介護計画に盛り込み、フロアやユニット内のメンバー全員で共有します。

ハインリッヒの法則でもあるように、重大な事故1件には300もの軽微な問題(ヒヤリハット)が潜んでいます。普段からヒヤリハットを洗い出し、なぜそうした問題が発生したのか、次に同じことを繰り返さないためにどうしたら良いかを議論し、改善することで重大なトラブルを防いでいきます。

 

 

事故直後からの迅速な対処法の確立どのようなトラブル・問題でも事前にシミュレートし、いざというときスムーズに動けるようにしておくことが大切です。特に、介護現場は常に事故・トラブルが隣り合わせであると認識したうえで、万が一の事態に備え対処方法を確立すべきでしょう。

たとえば、和解が成立せずに提訴された場合は、前述の通り「証拠」が必要となります。普段から、いつ・だれが・何をしたかを第三者が見ても分かるように正確に記録し、共有方法やその確認方法を決めた上で、運用を共有・徹底することが大切です。

 

 

当事務所でサポートできること

「介護・福祉系弁護士法人 おかげさま」は、介護・福祉、および関連する医療業界におけるトラブル解決の専門法律事務所として活動しています。

介護事業を運営される事業主様や現場職員の方々が抱える、さまざまなお悩みにも対応しています。具体的にどのような支援ができるか、代表的なものを4つ紹介します。

 

顧問契約による未然防止に向けた体制構築

介護事故が発生した後で相談に駆け込むのではなく、普段から事故を発生させない、トラブルに拗れさせないための対策を講じる事が重要です。後になってからでは、大切な職員が鬱病になり辞められてしまう等取り返しのつかない損失を被ることもあります。またご利用者ご家族との関係で「言った言わない」のトラブルになったり、裁判で記録が「証拠不十分」として主張が認められないケースがあります。

不毛な争いや裁判を避けるためにも、リスクヘッジを図ることが大切です。当事務所は介護トラブル一筋で12年以上の圧倒的な経験があり、これからも介護・福祉に特化して活動していく所存です。これまでに9,000件以上の介護トラブルを担当しあらゆるケースを経験していますので、どのような場面にリスクが潜んでいるか、またその回避策等を見抜き適切なアドバイスを提供することが可能です。

 

トラブル予防型の契約書・重説のご提案

トラブルを予防するためには契約書の作り込みと、適切な説明が重要です。いくら書面に書いてあっても、利用者やそのご家族が内容を理解していなければ、「そんなこと知らない」「聞いていない」と言われてしまい、トラブルに発展する可能性があるからです。

それでも強気に押し通すことも可能ですが、相手が納得をしないまま意見を押し通すことで、提訴されるリスクも高まります。当事務所ではトラブルを防ぐ契約書や重説(重要事項説明)のの書き方から、実際の説明の仕方まで、実践的なアドバイスを行います。

 

リスクマネジメントの意識を高める内部研修

介護事業は常にトラブル・事故の可能性がついて回りますが、どんなに体制を構築しても、最終的に運用するのは事業主や職員です。形だけの体制とならないようにするためには、普段から職員一人ひとりの危機管理能力を高めることが欠かせません。

当事務所ではリスクマネジメントの意識を高めるオリジナルの研修もご提供しています。具体的事例を元に、どこにリスクが潜んでいるか、何が対応時の落とし穴となるかをわかりやすく解説するほか、不毛な裁判を回避する方法を、オーダーメイドで精製した研修を通して習得いただくことができます。

 

交渉・訴訟へのアドバイス・代理人対応

利用者ご家族からの交渉(金銭的な要求)のほか、和解が成立せず訴訟を受けた場合の対策についても、具体的なアドバイスは勿論、弁護士として直接代理人となり交渉や訴訟対応をすることも可能です。

裁判では「証拠」を揃えることがなによりも大切です。どのような証拠が必要となるか、普段からどういった記録を取っておくべきか、など具体的なアドバイスを日頃から行うことで、いざというときも動じず対応することができるようになります。

いつでも介護トラブル専門の弁護士と繋がる関係をもつことで、現場の皆様の負担を少しでも和らげる事ができれば本望です。些細なお悩みごとでも、どうぞお気軽にご相談ください。

 

 

 

参考サイト

介護事故の裁判例(介護事故訴訟) | 介護弁護士.com

実際にあった介護裁判事例 | 外岡さんに聞いてみよう!

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