虐待防止

高齢者虐待は現場において起きてはならないことですが、現実には施設、在宅共にその報告件数が増加し、深刻な事件も度々報道されています。本稿では、主に施設や事業所の職員が起こす虐待問題の傾向と対策、当事務所にてご提供できるサービス等をご紹介します。

 

高齢者虐待について

まずは基本的な法的知識を押さえておきましょう。

 

高齢者虐待の定義と施設内虐待の特徴

高齢者虐待防止法で定められている虐待には、以下の5類型があります。

身体的虐待

「高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加えること」

※身体拘束は、切迫性、非代替性、一時性の三要件を満たさない場合は違法な身体拘束であり身体的虐待と評価されます。

心理的虐待

「高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」

性的虐待

「高齢者にわいせつな行為をすること又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること」

ネグレクト

「高齢者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、養護を著しく怠ること」

経済的虐待

「高齢者の財産を不当に処分すること、その他高齢者から不当に財産上の利益を得ること」

 

これらのうち、施設で起きがちな虐待は、身体的虐待、心理的虐待、ネグレクトということが統計上表れています。なお、ご利用者に怪我をさせない程度の軽く叩くといった行為も身体的虐待に該当し、ケースによっては暴行罪として刑事責任が課せられる可能性もあるため注意が必要です。

 

現場では、5つの類型に照らし合わせて、ある職員の対応が「虐待に当たる」と判断した場合、現場職員その他関係者は法令上、その事実を最寄りの市区町村等に速やかに報告する義務があります(高齢者虐待防止法第21条)。

この点現実には、虐待を目撃したとしてもまずは直属の上司に報告し、その後法人として行政へ報告するという場合が多いでしょう。上司に報告したにも拘らず組織として対応しない場合は、介護職が直接行政に通報することがコンプライアンス上求められる対応です。その際、勿論の話ですが誰が通報したかは秘匿されます。

 

虐待と認定すべきか迷ったら

「グレーゾーンなケア」という言葉があるように、現場では自分のケアが「虐待」とみなされないか、判断に迷うことがあります。そのようなときのために覚えておきたいキーワードが、「人格権」と「尊厳」です。

人格権とは、個人の人格(人としての主体)的利益を保護するための権利のことであり、尊厳とは、すべての個人が、互いを人間として尊重する法原理のことをいいます。

これらのキーワードは、あらゆる法律の上位に位置し、「法律の母」とも呼ばれる「憲法」で規定されている「幸福追求権」から導くことができます(日本国憲法第13条)。

そこでは、「すべて国民は、個人として尊重される」と規定されており、公共の福祉に反しない範囲において、生命や自由が脅かされてはならないことが明記されています。

このことをインプットしておき、現場での行動が虐待といえるか迷ったときには、「この行動は利用者の人格権や尊厳を侵害していないだろうか」と自問自答するとよいでしょう。その際必要なスキルは「もし自分が同じことをされたらどう感じるか」という想像力です。良かれと思ってしたことが、実はコンプライアンス違反だった…ということにならないよう気をつけましょう。

もっとも、筆者個人としては、何もかも虐待と認定し次第考えずに即通報、という対応も極端であると考えています。大切なことはその施設、事業所内で過ちを犯してもこれを自ら改め正しい軌道に戻すことができる「自浄作用」であり、そのためには組織内部で問題を起こした職員を指導・教育し改めさせることが欠かせません。言い換えれば、ある職員がご利用者に自覚なく不適切な対応をした場合であっても、次からはしないよう注意し繰り返されないのであれば、それで問題は解決したといって良いのです。虐待の横行を誰もが見てみぬ振りをしてもいけませんし、何かあればお互いに注意し合うこともなくすぐ通報するという極端な対応も望ましいとはいえません。そのためには、後述するように現場で起きていることや問題をなるべく速やかに組織全体で共有し、皆で解決しようとする姿勢が重要となります。

 

高齢者虐待の実態

厚生労働省「令和2年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」によれば、施設従事者等による虐待件数は、いわゆる家庭内虐待とは反対に報告件数も併せ微減していますが、報告だけで2097件、虐待と認定されたケースは595件とされています。コロナ禍が続く中でご家族の訪問などのあらゆる外部との接触が絶たれ、施設全体が「巨大な密室」となっていますが、風通しが悪く外部の目が無いとその分問題も増加する傾向にあり、統計上件数が減少しているからといって楽観視することはできません。

具体的には、例えば次のようなショッキングなニュースが報道されています(令和4年1月21日)。

 

入所者の裸の撮影や顔への落書きなど虐待を繰り返したとして、大阪市は、同市内のグループホームを、介護保険法に基づいて2月1日から半年間の新規入所者受け入れ停止、および介護報酬3割減額処分とすると発表しました。

市によると、2019年12月から20年10月の間、同施設の女性ヘルパーが、認知症で高齢の女性入所者に対し、裸を撮影して職員数人に送信、顔にペンでひげを書く、髪の毛を切る、手をたたく、寝かせて胸をつかむ▽威圧的な声掛けをするなどをしました。別のヘルパーも入所者の両足首をタオルで縛るなど、計3人のヘルパーの虐待行為が確認されました。

 

虐待防止策は、勿論第一にご利用者の身体の安全や人権保障のために講じるものですが、経営的観点からは、このように一つの事件が重い行政処分に繋がる可能性があるということを十分に認識する必要があります。M&Aの話がまとまりかけた頃に虐待事件が明るみに出、話が空中分解したり、問題ある事業所として売値が大幅に下げられてしまうといったリスクもあるのです。

社会福祉法人においては、究極的には社会福祉法上、法人の「解散命令」が出されるリスクすらあります。

 

一度起きれば二度、三度と繰り返される

虐待問題の困難な点は、「一度きりで終わるとは限らず、むしろ二度、三度と繰り返される(或いは他でも複数起きている)可能性が高い」というところです。このように虐待が頻繁に起きる施設、事業所を「虐待体質」と呼びますが、人間の体と同じで、一度そのような体質になってしまうとそこから抜け出すことは至難の業です。ですが、当然のことながら虐待というものは一度でも起きてはならないものです。よく見られるパターンが、上記のような深刻な虐待が通報により明らかとなり、行政指導を受けて改善措置を進めているところにまた別の虐待が発覚する…というものです。「うちの施設に限ってそのようなことはあり得ない」と自信をもって言える組織であればそのような心配も無用かもしれませんが、筆者はこれまで、盤石と思われた法人が一件の虐待事件を皮切りに、次々と問題が生じ転落していく様を見てきています。

では、どうすれば虐待を防止できるのでしょうか。前述のグループホームの事件のような、目を疑うような虐待が何度も起きる現場がある一方で、虐待とは無縁の平和な施設、事業所も沢山存在します。

その差は明白であり、真の原因は「虐待をするような悪質な職員が紛れ込んでいた」といった偶然に左右されることや「研修が不十分だった」という些末なものでは無いように思われます。うまくいっている事業所はどこが違うのでしょうか。

 

高齢者虐待が起きてしまう要因

施設内虐待が起きてしまう要因はさまざまに挙げられますが、結局は、厳しい言い方ですが「経営者の姿勢の問題である」と考えます。

結論からいえば如何に経営者(経営層)が現場を気にかけ、現場で日々起きていることに関心を払っているかということに尽きるのです。具体例で解説します。

 

夜勤の実態を把握できていますか?

例えば施設であれば、夜勤の勤務実態をどこまで把握しておられるでしょうか。理事長や代表自身が逐一把握する必要まではなく、組織全体として現場で起きることを速やかに共有できることが大切です。

「モーニングケアまで担当するので明け方は特に疲弊しミスが多い」ですとか、「休憩室が遠いのでリビングのソファーで寝ている」といった驚愕の事実があるかもしれません。「夜間に徘徊が多いご利用者の誘導が面倒になったので、居室の外からモップを立て掛け出られないようにした」といった事実がもし出てきたとしたら…? これは違法な身体拘束であり身体的虐待となります。

そのようなとき大切なことは、短絡的に目先の事柄に原因を求めないという姿勢です。「そのような非常識なことをする職員はうちの職員ではない」等と決めつけ、全ての原因をその職員に求めることは容易でしょう。しかしその背景まで広く深く原因を探らなければ、真の原因は明らかとならず、また同種の事件が起きてしまうものなのです。

孤立しない、させない心意気

そのためには、一重に現場職員の声(悩み、不安、疑問、不満)を聞き、皆で解決しようとする姿勢(チームワーク)が重要となります。

もしこの職員が「夜間に徘徊が多く困っている」ということをメンバー間で事前に共有できていれば、このような事件に発展してしまう前の段階で皆で話し合い、「夜間に覚醒してしまうのであれば、日中の運動を増やすなど眠りやすい環境を整えよう」という方針や、場合によっては睡眠導入剤等の対策も考えられたかもしれません。

或いは、そもそも「入所者は、夜は寝なければならない」というルール等無いわけですから、ご利用者のQOLを真の意味で追求する観点からは「夜のお散歩」(徘徊という言葉は、本当は不適切です)を抑止しようとする考えはそもそも捨て、ある程度自由に歩き回っても周囲に迷惑をかけないような対策(よく立ち入る別利用者の居室があるのであれば、その入口に無音のセンサーを導入する等)を講じることが解決策となるかもしれませんね。

最終的に解決に繋がらないこともあるかもしれませんが、重要なことはこのように職員一人ひとりを孤立させないことなのです。気軽に相談できる環境であれば、日勤の同僚やリーダーに相談するだけで人は安心できます。いざとなれば「もう無理です」と言えるのですから、精神的に追い詰められることなく、平穏な心で夜勤をこなすことができるでしょう。

しかし、そのようなチームワークを重視しない組織、もっといえば入り口となる情報共有の段階で何も注意を払っていない組織は、職員を孤立させてしまうのです。孤立した職員は追い詰められ、ストレスがたまった挙げ句それをご利用者にぶつけてしまうかもしれません。そうなると実はもう手遅れであり、その組織は「虐待体質」に陥っているといえるのです。

中には、確たる原因がなくともご利用者を攻撃するような輩も紛れ込んでいるかもしれません。例えば「あの職員が夜勤に入ると、なぜかご利用者の顔や手に痣ができることが多い。しかしカメラでは決定的場面は捉えていない」といった不穏な傾向が代表的です。このような場合も、まずは現場で起きていることを上層部が把握しなければ事態は水面下でエスカレートする一方です。できるだけ早い段階で察知し、対策に向け組織全体として動いていくことが肝要です。

 

コンプライアンス上求められる措置

令和3年の報酬改定に伴い、「全事業所が、個別に虐待防止策を講じなければならない」とされました(3年間の移行措置)。施設であれば当然行ってきた取り組みといえますが、今後はケアマネージャーや訪問介護、福祉用具貸与事業所等もそれぞれ以下の措置を講じることが義務付けられます。

特に居宅(ケアマネ)や福祉用具はここが手薄になりがちですので、期限内にしっかり対応しておくことが必要です。

 

事業所がすべきことは以下の5つです。

 

①運営規程への虐待防止規定の追記

②虐待防止指針の策定、

③最低年1回(および新規採用時)の研修

④定期的な委員会の開催(年何回かは定められておらず、定期的であればその間隔は自由)

⑤虐待防止に関する措置を適切に実行するための担当者の設置

 

当事務所のサポート内容

虐待問題については、当事務所代表の著書「実践 介護現場における虐待の予防と対策─早期発見から有事のマスコミ対応まで─(民事法研究会)」(以下「拙著」)に詳しく、基本的事柄についてはこちらをご一読頂ければと思います。本稿では、当事務所が法的観点からご提供できるサービスについてご紹介します。

 

サポート① 虐待防止措置の対応支援

上記の、全事業所の義務とされた指針の策定や委員会の立ち上げなど、参考とする例もなく進め方が分からないという法人様のために、雛形やノウハウをご提供できます。

 

サポート②「気づきシート」導入コンサルティング

既に虐待事件が起きてしまい、もう後がない!というピンチのときに効果的なサービスです。

拙著で詳述しております「気づきシート」とは、簡単に言えば「現場職員に、現場で起きた良いこと、悪いことを何でもシートに書いて提出してもらう」という仕組みです。筆者がある法人の虐待予防委員会の第三者委員を務めている経験から得たメソッドですが、非常に効果的であり、虐待の芽をいち早く摘むことができることは勿論、お互いを褒め称え合う良い循環が生まれ、結果的に離職率も低下する等さまざまなメリットが期待できます。何より導入費用がITのように高額とならず、やろうと思えば実質無料でできる点が優れています。

当事務所では、連続数回などお客様の状況に合わせたプログラムをご提案し、現場の情報を共有する仕組みづくりを定期的にサポートします。

 

サポート③ 虐待防止研修

これも施設以外の事業所では手薄になりがちですが、義務化された以上確実に実施しなければなりません。居宅であれば居宅のための虐待に関する知識があります。事業形態に合わせた効果的な研修をご提供します。

 

サポート④ 問題を未然に防ぐための継続サポート(顧問契約)

顧問契約とは、月額の顧問料をお支払い頂くことでいつでもお気軽に当事務所にご相談できる体制を構築するサービス形態であり、これにより現場で虐待の疑いや芽を発見し次第、直ちに相談し対処法を知ることができるようになります。顧問弁護士を虐待防止委員会の第三者委員に迎え入れることで、予防の実効性が格段に高まり、対外的信用も増すことでしょう。介護・障害のトラブル対応に特化した当事務所との顧問契約を、是非ご検討ください。

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