
介護施設・福祉施設での悪質な虐待に関するニュースを目にする機会が増えました。虐待トラブルを未然に防ぐために、介護福祉従事者の皆さまは日々細心の注意を払っておられることと思います。虐待トラブルのその先には、最悪の場合は指定取り消しになり、事業継続ができない事態に追い込まれます。そんなことになってしまえば、事業所はもちろんですが、何よりご利用者やそのご家族が困ります。文字通り路頭に迷うことにもなりかねません。
虐待はご利用者の心身や人間の尊厳を傷つけることであり許されるものではありませんが、時として意図せず虐待に加担してしまうという落とし穴のような場合もあり、注意が必要です。
今回は、意図せず虐待に加担し、ネグレクトに該当してしまう行為について、実際に当事務所へのご相談の中であった事例を基に解説します。
目次
必須!虐待の5つの類型
虐待には5つの類型があります。この5つは高齢者虐待防止法によって定められており、どれかに該当すれば虐待と判断されます。
身体的、心理的、性的な虐待は想像しやすいと思いますが、経済的虐待、ネグレクトは抜け落ちやすいのでご注意ください。
虐待に関する詳細はこちらのコラムで解説しておりますので、ぜひご覧ください。
そんなことでもネグレクト!?な事例
ある障害者支援施設で、入所者Aさんが「早く食事をしたい」と強く求め、職員Bさんを何度も叩きました。その時、別の職員Cさんが現れ、事態を納めようとAさんを連れて別室へ移動させました。その際、CさんはAさんに叩かれてしまいましたが、Cさんは「Aさんに同じ痛みを与えて教える必要がある」と言い、Aさんを5、6回叩いたのです。入所者Aさんが叩き、職員Cさんが叩き返すということが約3分ほど続いたそうです。
この職員Cさんの行為は身体的虐待に該当しますが、元々は「職員Cさんに対しての処分をどうすべきか」という相談をいただいておりました。
見落としていたネグレクト
ご相談に対応すべく、当事務所は施設長から虐待トラブルが発生した当時の状況を詳しくヒアリングしていました。すると、先ほどの入所者Aさんと職員Cさんの叩き合いが発生していた状況を近くで別の職員Dさんが見ていたという事実が分かりました。その間Dさんは、「止めなければと思ったが、Cさんは大先輩なので声をかける勇気が出なかった。見ているうちに叩き合いが終わってしまった」と振り返っています。
職員Dさんはその日のうちに施設長へ「AさんとCさんが叩き合っていたのを見ました」という報告をし、これにより施設長は虐待の事実を知ったのでした。
さて実は、本件ではDさんも「身体的虐待を見て見ぬふりをした」という理由で虐待が成立しています。
結果的にこの事実を報告したのは良かったのですが、叩き合いを発見した時、Dさんはすぐに二人の間に入り叩き合いを止めさせる必要がありました。これをせずに傍観していたことは、以下にある通りネグレクトと判断されることになります。
「障害者を衰弱させるような著しい減食又は長時間の放置、当該障害者福祉施設に入所し、その他当該障害者福祉施設を利用する他の障害者又は当該障害福祉サービス事業等に係るサービスの提供を受ける他の障害者による前三号に掲げる行為と同様の行為の放置その他の障害者を養護すべき職務上の義務を著しく怠ること」(障害者虐待防止法第2条第7項4号)
「見て見ぬふり」は立派なネグレクト
職員Cさんは入所者Aさんを叩いたので身体的虐待が成立し、Dさんは約3分間見て見ぬふりをしたことでネグレクトが成立しています。つまり、1つの現場で2つの虐待が発生していたということになります。
虐待防止に向けて職員研修をするときは、「虐待は決してやってはいけないこと」を理解することはもちろん、今回の事例のように「見て見ぬふりはネグレクトになる」という例外的なケースについても理解することが重要です。知らないと行動できず、知らないから都合よく解釈し「我関せず」という態度に繋がってしまいます。Dさんは故意に見て見ぬふりをしたわけではなかったかもしれませんが、「虐待を発見したらすぐに止めさせるべき」ということを正しく認識していれば、被害を最小限に食い止められていたはずです。まずは知ることから始めましょう。
通報ハードルを下げることが適正運営に繋がる
今回のような虐待現場を発見して通報した場合、後で後ろ指を刺されたり、陰口を言われたりすることを恐れ何もしないという職員もいるかもしれません。職場での立場、職位、社歴などで上位の人を通報することは精神的なハードルが高くなってしまいます。そこで事業所としては出来るだけ通報のハードルを下げ、通報しやすい環境を作っていくことが虐待予防に資することになります。
「ご利用者を守るためには、組織の上も下も関係ない。匿名性は守られ、不利益を受けることは一切ないので安心して報告してください」ということを定期的に全体にアナウンスし、フェアで風通しのよい組織づくりを心掛けていきましょう。
人材難の時代だからこそ予防の徹底を
「こんなことまでいちいち取り上げて大ごとにしていたらきりがない。職員に辞められでもしたらたまらないから、片目を瞑るしかない」と思われる方もおられるかもしれません。しかし、そのように人材難を理由に虐待防止の手を緩めることは組織全体の崩壊に繋がります。言うまでもなく虐待は許されざる人権侵害行為であり、犯罪となる場合もあります。「忙しくて大変だから見なかったことにしよう」「通報すると面倒なことに巻き込まれるから黙っておこう」という考えを持つ職員がいると、気が付けばあっという間に虐待が見逃されるブラック事業所になってしまうでしょう。しかし当然のことですが、虐待が明るみに出るのは内部通報だけでなく近隣の人や出入りする関係者などあらゆる人が通報をすることになります。忙しく人手が足りない状況だからこそ、「虐待は絶対に許さない」「見つけたらただちに止め、我が事として関わる」とという高い意識を、職員全員が持ち続けることが重要です。
弁護士が「見落とし」や「誤った判断」を防ぎます
今回ご紹介した事例では、Cさんの虐待に関するご相談でしたが、Dさんのネグレクト問題が潜んでいることに気づくことができました。Cさんはもちろん事の重大さを理解して改めなければいけませんが、Dさん他周囲の職員たちも同様に自身の対応が誤っていたことに気づき、今後は改めなければいけません。
このような見落としや判断の誤りを防ぎ、適切な指導や知識を提供することも、弁護士の重要な役割の一つです。
当事務所は開業以来、介護福祉分野に特化した弁護士法人として、全国の介護福祉に携わる事業所のご支援をしております。
介護福祉は人の生命、健康を常に預かる分野であるため、質の高い対応を常に提供していくことが求められます。尊い仕事である半面、あらゆる分野のトラブルが発生しやすいという特徴があります。しかしながら、問題が発生するとご家族から厳しい指摘を受け、行政から睨まれますし、問題解決へ対応しつつ日々の業務もこなさなければいけません。ただでさえ人材不足の昨今、限られた人員でトラブル対応まで行うのは、大変な苦労が伴います。
出来る限り「いつもの介護福祉サービスを提供する」ことを維持するために、当事務所では介護福祉分野のトラブル対応、予防の顧問弁護士プランをご用意しております。トラブル発生だけでなく、未然に防ぐためのご相談、所内研修、アドバイスを行っております。
既に顧問弁護士がいらっしゃる場合でも、セカンドオピニオンとして介護福祉分野におけるトラブル対応のために当事務所をご利用いただくことも可能です。
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