介護事業所経営者、職員の皆様にとって「身体拘束」は、大きな悩みの種になっているのではないでしょうか。
介護事業所を適切に運営する中では、全ご利用者の安全を維持しつつ日々の生活をサポートせねばなりませんし、限られた人員でそれを実施するため、場合によっては身体拘束を実施せねばならない場面も出てきます。
しかし、身体拘束を受ける側は大変な苦痛を強いられることでもあり、人間の尊厳に関わることでもあるため、原則として実施は許されません。しかし一方で、拘束することで転倒やチューブの自己抜去といった事故は確実に防ぐことができるため、現場の人員不足も相まってつい実施してしまいがち、という現状もあります。身体拘束は事業所側にとっての「効率化」や「甘え」になってしまいがちです。また、そもそも身体拘束に当たるのか、当たるとして例外的に許されるのかについて判断の難しいグレーゾーンも多々存在します。介護現場においてはその場の判断が重要になる場面も多々あり、判断を間違えれば身体的虐待になりかねず、施設運営にとって大きなロスとなります。
そこで、本コラムでは身体拘束に関するグレーゾーンについて、身体拘束に該当するか否か等を見極める実践的な方法を解説します。
- 身体拘束のグレーゾーンを見極めるための検討方法
- 身体拘束に関する基礎知識
- 身体拘束を極力減らすためにできること
- 現在実施していることが身体拘束に該当するか検討したい方
- 疑わしい行為について判断し安心するための知識を学びたい方
- 身体拘束かどうかを検討する方法論を具体的に知りたい方
目次
介護福祉における身体拘束の基礎知識
●身体拘束とは何か
介護福祉施設や通所、訪問等のサービスご利用者に対して、その方の自由を抑制する行為を指します。例えば部屋から出られないように外側から施錠する、ベッドや椅子に身体を紐で固定し動けないようにするといった行為が該当します。
職務上どうしても必要に迫られ実施したとしても、ご利用者の自由を抑制している以上は身体拘束となります。そして、身体拘束に該当する以上、後述する三要件の検討は必須ですのでご注意ください。
●身体拘束に関する法律は無い
身体拘束に関する明確な法律は、本コラム執筆時点(令和6年)ではまだありません。明確な定義、基準が無いのが現状です。ただ、厚労省が平成13年度に出した「身体拘束ゼロへの手引き」というものがあり、ここで具体例を出し、どういう行為が身体拘束に該当するかを示したものがあります。しかし、あくまで個別の具体例であり、身体拘束を定義するものではありません。この事実が身体拘束かどうかを判断する際の難易度を高めてしまっているといえるでしょう。
●身体拘束が認められる場合もある
身体拘束はご利用者の行動や活動の自由を直接奪うものであり、基本的人権を侵害する程度が強い行為です。また、身体を強制的に抑制することで多大な苦痛を与えます。ただ、「身体拘束は絶対に許されない」というものではなく、例外的に身体拘束が認められる場合もあります。
例えば、身体拘束をしないとご利用者の生命が失われたり、健康が著しく損なわれるような場合です。自傷行為がある、歩行中の転倒やベッドからの転落で重大な傷害を負ってしまうなどが予測される場合は、やむを得ず必要な身体拘束であると認められる場合があります。
●記録をとらなければいけない
身体拘束はご利用者に多大な苦痛を与えてしまうため、安易な実施が許されません。そこで、実施する際は、実施する必要性があるのか、どのような検討を行ったのか、どのような身体拘束を実施したのか、その結果どうなったのかなどの記録を残さないといけません。記録を残すことで適切な実施かどうかを後で確認することができます。ご利用者、職員双方のためにも記録を残すことは重要です。
●現場で判断せねばならない
身体拘束については明確な定義や判断基準が無いため、各事業所、そこで働く職員の判断にゆだねられているのが現状です。人により考え方、捉え方が異なるので、同じ事象を見ても判断が分かれることもあります。行政や外部事業所、ご家族など、関係者が多いほど、混乱しやすくなります。
身体拘束実施が許される条件
身体拘束の実施が例外的に許されるためには、下記3つの要件を満たす必要があります。
- 切迫性(拘束しないことによる危険が迫っている)
利用者本人または他の利用者等の生命または身体が危険にさらされる可能性が著しく高いこと
- 一時性(一時的でできるだけ短い時間にする)
身体拘束その他の行動制限が一時的なものであること
- 非代替性(身体拘束以外の方法が無い)
身体拘束その他の行動制限を行う以外に、危険を避けるための代替方法がないこと
これら①~③全てを満たす場合にのみ身体拘束実施が許されます。
あくまで緊急的で他の手段が無く、やむを得ず一時的に施すものなので、常態化することがあってはいけません。
身体拘束が発生する背景にあるもの
身体拘束が発生する背景には、以下の4つの理由があります。
●ご利用者の心身の健康状態によるもの
ご利用者の足腰が弱く、また認知症を患っている場合などは不意に転倒、ベッドからの転落などで怪我をする恐れがあります。カテーテルの自己抜去や新型コロナウイルス感染など、介護をする中でご利用者を守るために実施される場合があります。また、他のご利用者に危険が及ぶ場合や、自傷行為がある場合も実施される場合があります。
●事業所側の人員体制によるもの
慢性的な人材採用難で、現場は職員が不足しています。限られた人員で対応する場合、どうしても身体拘束を実施せざるを得ないことがあります。出来る限り代替手段を考えて、センサーマットなどの道具を使って対応したり、仕組みを見直して対応することが望ましいですが、事故を防ぐためにやむを得ず、ということもあることでしょう。
●事業所職員の怠慢によるもの
これは絶対に許されないことですが、職員が楽をするため、あるいは利用者がいうことを聞かないペナルティとして利用者を拘束する等があります。
●事業所組織の体質によるもの
これも許されないことですが、職員単独ではなく、組織全体として身体拘束を見逃す、安易に実施するケースがあります。
身体拘束がもたらす事業所へのリスク
このように身体拘束が認められる場合もありますが、その判断は事業所ごとに委ねられているので常に問題視されるリスクがあります。ご家族から行政への通報、あるいは職員による内部告発により虐待疑いで監査が入ることもあります。身体拘束を安易に認めることで組織として実施が常態化し、ご利用者がエコノミー症候群に陥ったり褥瘡になるなど生命身体の安全や健康に危害が及ぶリスクもあります。そして身体拘束の有無やその数は、施設の評価に直結します。ネット上で良からぬ噂が立てば、ご利用者ご家族からの評価はもちろん、働き手の人材採用面でも大変苦労することにもなるでしょう。
また、これは意外と認識されていませんが、不適切な身体拘束が行われる組織というのは、上司と職員、職員同士の関係性に問題が存在することがあります。例えば、
・身体拘束に関して相談や話し合いがしにくい風土、職場環境
・身体拘束に関する意識が低いため安易に実施しやすい環境
・身体拘束のような重要な行動に対する情報共有がなされていない関係性
等です。表面的に身体拘束への意識を高めても、職員が働く環境面に問題がある場合は、結果的に不適切な身体拘束がまかり通ることがあります。
身体拘束特有のグレーゾーン
「これって身体拘束になるの?」と思うようなグレーゾーンは多々あります。当事務所へも顧問先様等から「こういう行為は身体拘束でしょうか?」「行政から身体拘束と指摘されましたが本当にそうなのでしょうか?納得いきません」というご相談、ご質問を良く頂戴します。
先に述べた通り、身体拘束はその判断基準、定義が曖昧であり、裁判例なども殆ど存在しません。まして、現場においてなかなか自信を持って判断できないというのも無理はありません。
そこで以下、ご参考に具体的な身体拘束のグレーゾーン事例をいくつか挙げ、それに対しどのような思考プロセスを経て検討すべきかをお伝えします。なお、この考え方はあくまで筆者である弁護士外岡潤によるものであるため、絶対の正解である保証はできません。飽くまで参考として活用頂ければと思います。
身体拘束の該当性の検討法をケースごとに解説!
ケース①:立ち上がりに時間がかかるソファに座らせる
●概要
ある施設の廊下に、どっしりと古く黒い革張りの年季の入ったソファがありました。ある転倒リスクのあるご利用者が、付き添いの職員に「そのソファに座りたい」という仕草をされました。そこで職員はご利用者をご案内しソファに座って頂きました。
座面が床に近いため、このソファから立ち上がるには時間を要しました。そのため、職員が一時的に目を離していても、動き出しから立ち上がりまでの間に気づくことができるため、「これは転倒防止に役立つから積極的に案内し座って頂こう」と職員間で話しました。
これは身体拘束でしょうか?
●当事務所の見解
運営基準は身体拘束について指定介護老人福祉施設は、「指定介護福祉施設サービスの提供に当たっては、当該入所者又は他の入所者等の生命又は身体を保護するため緊急やむを得ない場合を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為を行ってはならない」と定めるところ、完全に行動の自由を奪う態様までいかずとも、立ち上がりに時間を要するだけでも行動を「制限」する行為といえそうです。そうなると本件の「態様」の面では拘束といえそうですが、しかし現場の証言によれば、飽くまでご利用者本人が座ることを希望されたのですから、強制的に座らせることで自由を制限するものではなく、この点で身体拘束に該当しないものと考えます。
本人が望んでいることを実施したまでなので、行動制限に当たらない
ケース②:怪我防止の目的で車いすにタオルを巻いた
●概要
あるご利用者は車いす使用時に時折興奮して脚をバタバタさせる癖があり、車いすの一部に身体をぶつけ怪我をする危険がありました。そこで職員が、ご利用者のフットレストに置かれた両足首の周りに、8の字型にタオルを巻いて固定し保護しました。これを行政から、身体拘束であると指摘されました。しかし、足を何度か強く動かせば外れる程度の付け方でした。
●当事務所の見解
ご利用者の脚力で外れる程度であるため、自由を制限するような拘束とはいえないため身体拘束には該当しません。
ご利用者の力で外せる以上、自由を制限するとは言えない
ケース③:コロナ陽性者が外出できないよう靴を隠す
●概要
施設内で新型コロナの陽性になった精神障害のご利用者が、居室から外出できないように靴を隠し、他の方への感染拡大を阻止しようとしました。これは身体拘束に該当するでしょうか。
●当事務所の見解
ご利用者は靴が無くても物理的に外出することは可能であり、客観的にみて自由を制限してはいないので身体拘束には該当しません。
この点、ご利用者当人からすれば靴が無いことは一大事であり、外出の自由が奪われたのだと主張されることも考えられます。しかし、そうした主観面を取り込むと身体拘束の認定がますます不明瞭になり、グレーゾーンが過度に広がってしまうので妥当ではないと考えます。
ケース④:転落しそうなので椅子にベルトで固定する
●概要
椅子に座っているご利用者が転倒する危険性を感じたため、腰部分をベルトで固定して転倒しないようにしました。これは身体拘束でしょうか。
●当事務所の見解
ご利用者の健康状態、身体を動かせる程度によって変わってきます。ご利用者が自由に身体を動かすことができる方であれば、このケースは身体拘束にあたり「身体拘束に関する三要件」の検討が必要です。「切迫性」「一時性」「非代替性」を満たしていたかを確認しなければなりません。
一方でご利用者が、要介護度5など身動きが取れない方であれば、そもそも行動の自由を制約しているとは言えず、身体拘束に該当しないといえるでしょう。
ご利用者が寝たきりでなければ、身体拘束に該当する(三要件を再検討する必要がある)
ケース⑤:自分で外せる代替ミトンを装着させる
●概要
経管栄養チューブを嫌がり取り外そうとするご利用者に対し、自力で外せる調理用の「鍋掴み」をミトンの代替品として両手に装着させた。チューブを取り外すと危険なので、せめて時間稼ぎになればと考えたのですが、これは身体拘束に当たるかもしれないと不安です。
●当事務所の見解
一例目のソファと同様、行動を制約するという点では身体拘束に該当する可能性はあります。仮に身体拘束であった場合でも、三要素(切迫性・非代替性・一時性)が認められるのであれば適切な実施であるといえます。
行動の制約には当たり得るが、三要件を満たすので適切な実施である。
ケース⑥:オムツの中を触らせないように腹巻をさせる
●概要
オムツを着けているご利用者が、オムツの中に手を入れて陰部を触るので、腹巻を着けて触らせないようにしたが、身体拘束になるのではと不安がよぎりました。
●当事務所の見解
腹巻がきつく、手を入れられないほどであるならば身体拘束となります。三要件を満たす場合に限り認められることになります。
手を入れられないほどきつい場合は身体拘束に該当し、三要件のチェックをする。
身体拘束は突き詰めるほど難しくなる
言うまでもなく、身体拘束は適切に管理しなければならず、その該当性や要件充足性の判断を誤ると人格尊重義務違反を指摘され、指導対象になる重要なことです。しかし、これまで述べたように定義が曖昧で事業所で判断をせねばならないため運用の難しさがあります。
またリスクマネジメントの観点から、ご利用者の安全、快適性を守ることと職員の業務として出来ることの狭間で難しさを感じる事業所は少なくありません。
当事務所がYouTubeに投稿しているこちらの動画でも、身体拘束における現場での苦労を元に対策方法などを解説しております。ぜひご視聴いただき、業務にお役立ていただければと思います。
どうすれば身体拘束の問題から解放されるでしょうか。安全確保の観点からは「あちらを立てればこちらが立たず」の関係になるため、絶対の正解というものは無いでしょう。
ただそのような中でも、重要なことは「常に職員間で話し合い、組織として対応する」という姿勢です。
一人で考えても出てくる案は限られますので、職員同士で考えて代替案を出したり、同業他社の事例や書籍を参考に考えてみるのも一策です。最近は介護に関するYouTube動画もたくさん存在します。情報を得やすい時代ですので、活用していくと良いでしょう。
やはり事業所(組織)として意見や案が出やすいと、困難な状況への打開策を出しやすくなります。組織作り、雰囲気作りも、実は身体拘束を廃止するために大事な取り組みなのです。
介護福祉分野に特化した「弁護士法人おかげさま」のご支援のご案内
弁護士法人おかげさまは、開業以来、介護福祉分野に特化してご支援をしてまいりました。介護福祉に関する資格も保有する弁護士が代表弁護士を務める弁護士法人です。
当事務所では以下のご支援を行っております。
①身体拘束に関する職員向けの内部研修
身体拘束に関する基礎的な研修や、現場で起こりうるグレーゾーンを例に出して検討する研修、定期的に実施せねばならない職員研修までご提供いたします。事業所ごとに抱えている課題が異なるため、事業所ごとのご要望、現状を伺いメニューや実施形態をご提案いたします。
②身体拘束適正化にための委員会への参画
当事務所は介護福祉分野の特化した弁護士法人ですので、介護福祉分野の法律やトラブル対応の専門家として委員会へ参画し助言すること、委員会運営をサポートすることが可能です。
③身体拘束に関する各種アドバイス
委員会の開催方法や記録の取り方、ご家族への説明方法など細かなについても網羅的にアドバイスし、必要に応じ書式等の雛形をご提供、或いは貴施設にフィットする規定を作成することができます。
当事務所の運営するYouTubeチャンネルでは、研修向けの動画も配信しております。虐待と身体拘束に関しての研修をまとめて実施できる動画がございますので、ぜひご視聴ください。
介護福祉の悩みをすぐに相談できる顧問弁護士「おかげさま法務サービス」をご用意しております
介護福祉事業は人と人の関わりが密で、日々の生活をサポートする仕事ですので、いつ、どんなトラブルが起きるか分かりません。トラブルまで至らなくても「これって大丈夫なのかな?」「こういう時はどうしたら良いだろう?」と不安になったり、迷ったりすることも多々あると思います。
人員も限られている中で、いちいち時間を使って調べたり、考えたりする余裕は無いはずです。不安や疑問をすぐに解決することで、トラブルの芽を摘むことに繋がることもあります。
できるだけ早い段階で安心して業務を行えるようにしたい。そういう想いを持っている弁護士法人おかげさまでは、現場の「困った」「不安だ」「どうしよう」をすぐに相談ができる「おかげさま法務サービス」をご用意しました。
「おかげさま法務サービス」の特長は以下の通りです。
●いつでもすぐに連絡してご相談いただけます
●電話、メール、どちらでもご連絡可能です
●ほんの些細な「困った」「不安だ」「どうしよう」でも承ります
●トラブルになりそうな予感がする時のご相談もお任せください
●経営者、施設長、職員どなたのご相談も承ります
●作成書類のチェックも行います
●全国で150を超えるご支援先の実績、知見があります
●当事務所は開業以来「介護福祉特化の弁護士法人」です
「おかげさま法務サービス」に関する詳しいご案内はこちらからご確認いただけます。
また、「おかげさま法務サービス」に関する無料ご相談もご用意しておりますので、特にご検討中の方はご利用ください。