カスハラ(カスタマーハラスメント、顧客による嫌がらせの意)という言葉が、ニュースでも多く取り上げられるようになり世間に急速に浸透しつつあります。介護福祉の領域でも厚労省はカスハラから従業員を保護するよう求める方針を示し、また2025年には労働施策総合推進法を改正し、対応マニュアルの策定や相談窓口の設置など、従業員を守る対策が企業に義務づけられる見込みです。
いよいよ事業者が、カスハラ対策に意識を向けなければいけない時代となってきました。
介護福祉業界も勿論例外ではありませんが、この分野ではご利用者だけでなくそのご家族からもカスハラを受ける可能性があり、福祉という一般社会からは誤解されやすい関係性をベースとするなど、一般企業とは少し違った様相となっております。
しかも、ご利用者とは直接触れ合う機会が多く、かつ日常生活全般の支援をするためご家族とも密接なコミュニケーションが発生します。また、ご家族は日頃の職員の言動を逐一確認しておらず、結果のみ、あるいは自分が目にした状況のみで判断して行動することが多いため、誤解に基づく主張も多く、ひとたびカスハラが発生した場合の対処は容易ではありません。
そこで、本コラムでは介護福祉ならではのカスハラ対策に関して、介護福祉特化の弁護士法人として日頃よく耳にする現場のカスハラに対する疑問についてお答えしたいと思います。
・介護福祉に特化したカスハラの対処法がわかります
・普段の業務を思い返しながら読むことでカスハラ対策の改善点、新たに出来ることを発見できます
・介護福祉におけるカスハラ対策を法律の観点で理解することができます
・カスハラ対策の大まかな概要は知っているが、細かく、正確には理解できていない方
・「カスハラかな?」と思うような出来事があったけど、自信を持って判断できない方
・カスハラ対策に関して精神論や理想論ではなく、より具体的な対策術を知りたい方
目次
- 1 カスタマーハラスメントの基礎知識
- 2 何回目からがカスハラになるのか?
- 3 カスハラに気づいても対策しない施設は処罰される?
- 4 どんな言動がカスハラにあたるのか?
- 5 暴言の証拠を秘密録音・録画しても法的に問題は無い?
- 6 暴力をふるうご利用者から身を守るために避けて怪我をさせたら、職員の責任?
- 7 事業所内のカスハラ相談窓口以外に相談できるところは無いの?
- 8 カスハラを訴える場合、どういう法律を根拠に訴えることができるのか?
- 9 カスハラへの対策はどういうものがあるのか?
- 10 カスハラに関する当事務所がサポートできるメニュー
- 11 介護福祉の悩みをすぐに相談できる顧問弁護士「おかげさま法務サービス」をご用意しております
カスタマーハラスメントの基礎知識
そもそも何がカスハラに該当するのか・何がカスハラに該当するのか
「ハラスメント」と聞くと、暴言を吐いたり、暴力をふるうお客さんを思い浮かべる人が多いのではないでしょうか。ニュース番組では、「店員に土下座をさせて写真を撮った」「駅員に唾を吐きかけた」「タクシーで運転席を蹴飛ばした」というようなことがよく報じられますが、暴言や暴力だけがハラスメントではないことをご存知でしょうか。
介護現場のハラスメントとは、「介護現場におけるハラスメント対策マニュアル」(株式会社三菱総合研究所、令和4年3月改訂)によると、次の通り3つに分類されます。
1)身体的暴力 身体的な力を使って危害を及ぼす行為
2)精神的暴力 個人の尊厳や人格を言葉や態度によって傷つけたり、貶めたりする行為(いわゆるカスハラ)
3)セクシュアルハラスメント 意に沿わない性的誘いかけ、好意的態度の要求など、性的ないやがらせ行為
精神的に追い込むこと、身体に触れたり、性的なことを相手が嫌がるにも関わらず発言したり強要することもハラスメントに該当します。暴言や暴力だけではないことを知っておいてください。
クレームとカスハラの違いは?
「カスハラとクレームは何が違うのか」ということはよく頂くご質問ですが、両者は全く違います。クレームの元の意味は「正当な要求・主張」であり、カスハラは要求の根拠や理由が無いことが違いの一つです。また、正当な根拠があったとしてても、その伝え方が恫喝的であり、或いは執拗に繰り返す等、それ自体が迷惑・危険な行為であればカスハラとなります。
以下の図のように検討すると、相手はクレームを言っているのか、カスハラをしているのかが判断できると思います。
介護福祉現場で多いカスハラ
実際に介護福祉現場で圧倒的に多いのはカスハラの一つである「精神的暴力」です。「利用者家族が職員のミスを過度に咎め立て、ターゲットにされた職員が疲弊してしまう」というものが典型的です。
利用者家族は施設内でご利用者の普段の様子を見ていないため、実際に発生した事象を正しく理解できない場合があります。自身の想像力や過去の体験をもとに理解することになるため、事態を深刻に捉える方も多くなりがちです。また、人によって感じ方に差が出るため、過剰な反応を示す方が現われてもおかしくありません。
カスハラ対策は義務化される
本コラム冒頭でもお伝えしましたが、厚労省はカスハラから従業員を保護するよう求める方針を示し、2025年には労働施策総合推進法を改正し、対応マニュアルの策定や相談窓口の設置など、従業員を守る対策が企業に義務づけられる見込みとなりました。国がカスハラ対策を重要視していることが分かります。事業所側にも職員をカスハラから保護するよう対策を講じることが求められます。
これまでは、カスハラというトラブルに対しては各事業所の判断でどれだけ対応するのかを決められる状態だったのですが、この先は確実に「事業所側が最低限のカスハラ対策をしなさい」と義務付けられることになります。カスハラに対する認識、理解を深めておかないといざというとき適切な対応ができません。そこで本コラムでは、実務上意外と曖昧にして放置しやすい事柄をピックアップし、解説して参ります。
何回目からがカスハラになるのか?
大抵の事業所が少なからずカスハラの経験があるのではないでしょうか。しかし、カスハラと言っても、厳密にどこからがカスハラなのか、該当する言動があったとしても、何回目からがカスハラといえるかを正しく把握している方はそう多くないのではないでしょうか。
実は、「たった1回」でもカスハラは成立します。
暴言や恫喝などの精神的暴力に対しては、何回かは堪えないとカスハラであると言えないと思いがちですが、たった1回でも「カスハラである」と主張できるのです。回数制限はありません。
意外と勘違いしがちなのが「執拗さが無いと、カスハラとは認められない」と思っている方が多いことです。カスハラを受け辛い思いをしている職員に「たった1回くらいで落ち込むな」とか「今回はまだ1回目だから多めに見て。何回もされるようであればまた報告して」というような態度を示してしまうと、それは職員を正しく守ることができていないということになりかねません。職員が精神的に参ってしまうと、大きな問題に発展します。
カスハラに気づいても対策しない施設は処罰される?
職員からカスハラを受けていると報告、相談があった場合、事業所側が適切に対応しなければ、事業所はその職員に対して法的責任を負うことになります。
カスハラが原因で職員がうつ病になったり、精神的に病んだりした場合、職員との間では「安全配慮義務違反」を根拠に民事上の損害賠償責任を事業所側が請求されることがあります。
労働契約法 第5条(労働者の安全への配慮)
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
どんな言動がカスハラにあたるのか?
これは一概に言い切ることはできず、ケースごとの判断が難しいところです。
例えばミスをした職員に対し「何やってんだ!それでもお前は介護のプロか!」等とご家族からなじられたとして、これをカスハラと捉える人もいれば、そうでない人もいます。
人によって感じ方、捉え方は異なるので、どこからがカスハラなのかを判断しにくいところがあります。明らかに身体を触っている、明らかに殴っているというのであれば一目瞭然でハラスメントに該当しますが、言葉で言われるものは相手との関係性や言い方、声の大きさ、状況等によって意味合いも異なるため、判断が難しいところです。
この場合は、厚労省のガイドラインを基準に考えてみると良いでしょう。
厚労省のガイドラインによれば、精神的暴力は「個人の尊厳や人格を言葉や態度によって貶めたりする行為」とされています。
先ほどの「何やってんだ」「お前」といった発言は一般的感覚からすれば暴言や威圧的言動に分類され、相手に対する蔑視があるといえます。本来であれば自分が不満に思う点を具体的に指摘すれば済むことであり、或いは適当な言い換えとしては「プロとしての自覚や技量が足りないのではないか」といった言い回しで足りるはずです。
ですので、「何やってんだ!それでもお前は介護のプロか!」という発言は個人の尊厳や人格を言葉で貶めるものといえ、先ほどのチャートに照らせば第一段階の「伝え方が恫喝的である」に該当するため、カスハラに当たる可能性が高いといえるでしょう。
もっとも、これは飽くまで施設の立場から下した結論に過ぎず、究極的には第三者機関である裁判所の判定に従うしかありません。
このような軽微なケースが単体で訴訟に持ち込まれることはまずないと思いますが、もしそうなれば裁判所は、あらゆる事実を証拠に基づいて判定します。現場でつけたカスハラに関する記録が基本となりますが、言った言わないになることもあるでしょう。カスハラ言動の確かな証拠が提出できると良いのですが、では相手が放った言葉を秘密録音したり、その瞬間を録画したりすることは許されるのでしょうか。
暴言の証拠を秘密録音・録画しても法的に問題は無い?
結論からいうと、カスハラの言動を証拠として録画したり録音することは適法です。秘密裡に行っていただいて問題ありません。
「個人情報保護の観点から問題では?」と思う方もいるかもしれませんが、利用者やその家族の、利用者介護に関する発言を記録することは事業所との契約上「利用目的の範囲内」と考えられ、録音に許可は不要です。
一方で地域包括など、個々のご利用者等と契約関係にない場合でも、相手が恫喝等する状況であれば正当防衛の一環として行うことができます。
この点についてはユーチューブでも解説していますので、下記をご覧ください。
では次に、身体的な攻撃、暴力行為としてのハラスメントについて考えてみましょう。体格のいい男性利用者があなたに向かって突進してきたとします。これをとっさにヒラリと交わしたところ、ご利用者は勢い余って椅子に激突してしました。このようなとき、次のような疑問が出てきます。
暴力をふるうご利用者から身を守るために避けて怪我をさせたら、職員の責任?
認知症を原因としたご利用者からの暴力は現場で数多く発生しています。仮にこのようなリスクが現実化した時、果たしてそれは職員や事業所が責任を負うのでしょうか。
まず、ご利用者の暴力に対して、腕を掴むといった抑止措置をとったときは刑法上「正当防衛」が成立し、最低限の抑圧行為であればその結果相手に怪我をさせたとしても免責されます。これは、相手が認知症であろうと変わりません。
では、先の事例のように単によけたことで相手が怪我をしたという場合はどう考えれば良いでしょうか。利用者に怪我をさせており、民事上の賠償義務が生じる可能性があります。例えば利用者の体格が良く、力もあるような場合、これを避けなければ職員が大けがをすることが相当程度見込まれますので、避けるということは不可抗力でありやむを得ません。その結果利用者が怪我をしても賠償義務は生じないといえるでしょう。 一方、利用者が虚弱で暴力といっても大したものではないことが明らかな場合、それにも拘わらず避けるということは不要といえ、その結果利用者が怪我をした場合責任を負うことになる可能性があるといえます。 このように、迫ってくる危険と利用者の身体保護のバランスで判断することになるでしょう。
事業所内のカスハラ相談窓口以外に相談できるところは無いの?
施設・事業所内にカスハラの相談窓口を置いているという所も増えています。しかし、職員によっては「カスハラか否か確証が持てないのに、身内に報告するのは忍びない」「この程度で相談するなんて、と怒られたらどうしよう」という風に躊躇してしまう方もいらっしゃるかもしれません。その場合、当事務所のような弁護士が第三者の相談窓口として担当することができます。第三者としての立場なので冷静に事情を把握できますし、豊富な経験に基づいて即座に対策をアドバイスすることができます。カスハラは、特に初動が肝心。できるだけ被害が小さいうちに発見しカスハラの芽を摘んでしまうことが効果的です。
事実無根の悪評をクチコミに書き込まれたのは、カスハラといえるのか?
こちらは昨今、特に医療機関で問題化していることです。口コミサイトやグーグルのレビューに、来院した患者や関係者が事実無根の悪評を書いたり、事実を誇張したり、拡大解釈して実際よりも悪く評価して、当該機関が風評被害で苦しめられるという問題があります。
これはカスハラに該当するといえます。確かに対面や電話で暴言を言われてはいませんが、事実無根の悪評や誇張表現をして実際よりも悪く見せる行為や、職員名を出して事実無根の悪評を書いた場合、その事業所や個人の尊厳や人格を傷つけたり貶める行為といえ、カスハラと考えて問題無いでしょう。
あまりに悪質な場合は偽計業務妨害罪が成立し、記載者側が、記載内容が真実であると立証できない場合は名誉棄損が成立します。
カスハラを訴える場合、どういう法律を根拠に訴えることができるのか?
民事と刑事で異なります。
まず、民事でいえば、実はそもそもカスハラの成立条件は明確なものがないため、総合的にみて慰謝料相当と認められるケースもさまざまです。どれだけその人の尊厳や人格が毀損されたといえるか、ケースバイケースで判断することになるものと思います。
過去の判例で考えると、次のような判例が参考になります。
訪問介護の契約解除が有効と認められた裁判例
(平成27年 8月6日東京地裁判決)
訪問介護事業所が、利用者家族からのカスハラに耐え切れず契約解除したところ、その家族から1900万円もの賠償を求め提訴された事例です。
裁判所は、その家族がヘルパーに塩を投げつけ追い返したというエピソードを重視し、「被告が本件契約によるサービスの提供を継続することは困難であり,本件契約を継続し難いほどの背信事由があったものとして,本件契約に解除事由があるとした被告の判断は相当であったものと認められる。」と認定しました。
ここから、実質的にみて「サービスの提供を継続することは困難」といえるか否かが解除の判断基準になるといえるものと思います。
一方で刑事では、 脅迫罪、強要罪、恐喝罪、威力業務妨害罪、信用棄損罪、侮辱罪などがあり、これらの要件を満たす場合は犯罪が成立します。
こちらも以下のような判例があります。
(1977年(昭和52年)、上方お笑い界で人気者だった横山やすしが、乗車したタクシー運転手に「お前ら、今でこそ運転手と呼ばれとるが、昔で言えば駕籠かき雲助やないか。」と言い、運転手から侮辱罪で訴えられた。 刑事事件としては大阪地検で不起訴になったが、後の民事訴訟で大阪高裁が10万円の慰謝料支払いを命じた。)
繰り返しになりますが、ケースバイケースなので都度弁護士へご相談いただくのが良いでしょう。
カスハラへの対策はどういうものがあるのか?
カスハラへの対策については、過去にコラムで解説しました。以下のコラムをぜひご覧ください。
介護事業所における事例別カスハラ対処法
また、当事務所のYouTubeでもカスハラ対策に関して解説しております。こちらもぜひご覧ください。
カスハラに関する当事務所がサポートできるメニュー
カスハラにより事業所が疲弊し、ご利用者やそこで働く職員までもが影響を受けることにより、関与する全ての方が悲しい状況に陥ります。日々、誠実に介護・福祉事業を行う事業所が永続的に事業運営を行えるようにするためのアドバイス、ご支援を致します。
開業以降、介護・福祉の事業所様に特化した法律事務所として、カスハラからの組織防衛のために次のようなサポートをご提供可能です。
事業所内での研修
カスハラの傾向と対策は、介護の事業形態によって大きく異なります。また、介護と障害福祉サービスでも明確な違いがあります。そうした事業形態に完全対応した、現場にとって真に役立つ知識を内部研修によりご提供します。ズームや収録によるオンデマンド形式も可能なため、全職員を集める必要もありません。
相談窓口の設置
カスハラの中には、出発点として事業所側のミスや法的責任があるものも多く、一律に迷惑行為として切り捨てるわけにもいかない困難なケースも多々あります。本件において何がこちらの弱点であり、どこを主張できるか、また主張すべきかを豊富な知識経験を基に分析し、相談担当者や管理者等にその都度適切なアドバイスをご提供します。また、弊所が外部相談窓口の機能を担うことも可能です。
ハラスメント当事者への申し入れ等
相談対応等のバックアップのみならず、法人の代理人として弁護士が直接カスハラ当事者である利用者や家族と交渉等をすることも致します。「ご家族が恫喝や暴言ばかりでとても話にならない」という場合でも、相手が第三者的立場の、法律の専門家にバトンタッチすることで襟を正し別人のように冷静になるということも数多く経験してきました。
万一トラブルが訴訟に発展しても、訴訟代理人として最後まで法人や現場職員をお守りします。
介護福祉の悩みをすぐに相談できる顧問弁護士「おかげさま法務サービス」をご用意しております
介護福祉事業は人と人の関わりが密で、日々の生活をサポートする仕事ですので、いつ、どんなトラブルが起きるか分かりません。トラブルまで至らなくても「これって大丈夫なのかな?」「こういう時はどうしたら良いだろう?」と不安になったり、迷ったりすることも多々あると思います。
人員も限られている中で、いちいち時間を使って調べたり、考えたりする余裕は無いはずです。不安や疑問をすぐに解決することで、トラブルの芽を摘むことに繋がることもあります。
できるだけ早い段階で安心して業務を行えるようにしたい。そういう想いを持っている弁護士法人おかげさまでは、現場の「困った」「不安だ」「どうしよう」をすぐに相談ができる「おかげさま法務サービス」をご用意しました。
「おかげさま法務サービス」の特長は以下の通りです。
●いつでもすぐに連絡してご相談いただけます
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●トラブルになりそうな予感がする時のご相談もお任せください
●経営者、施設長、職員どなたのご相談も承ります
●作成書類のチェックも行います
●全国で150を超えるご支援先の実績、知見があります
●当事務所は開業以来「介護福祉特化の弁護士法人」です
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