当事務所は介護・福祉分野に特化した弁護士法人です。介護・福祉業界の様々なトラブル、お悩み、不安に対応しておりますが、カスハラ対応においての経験は多数ございます。
カスハラ加害者と対面して直接話をすることもありますが、加害者側の多くは感情的になり、大声を挙げたり、威圧的な態度をとったり、近くにあるモノに当たったりと、恐さを感じる場合もあります。
これが介護・福祉の現場で、しかも職員と加害者だけの空間で起こるとなると、職員側が受ける恐怖はさらに大きいものになるでしょう。
悪質なカスハラに対しては、こちらも平常心ではいられず「できるだけ角を立てずに終わらせよう」「できるだけ早く契約を解除しよう」等と思い突き進んでしまいがちですが、だからこそ冷静になり、先々を見通して手を打っていく必要があります。
カスハラ対応において絶対にやってはいけない、あるいはやったら不利になるという行動が幾つかあります。この行動をとってしまったことによって、加害者側が増長し、余計に付け込まれるようなことになってしまっては、事態が泥沼化してしまいます。
そこで今回は、このカスハラ対応の注意点を解説し、被害者である事業所側が自らの首を絞めないようにするための注意点を解説して参ります。
・カスハラ対策において事業所がやってはいけない行動
・カスハラ対策で見落としがちな注意すべきポイント
・カスハラ加害者に警告を出す際のコツ
・カスハラ対策に取り組んでいる事業所
・カスハラ加害者にどのように対応していけば良いか知りたい事業所責任者
・カスハラ加害者に向き合うことに不安を感じている事業所責任者
目次
カスハラが発生した!まず気を付けるべきことは?
感情的にならない
対応する側も人間ですから、いわれのないカスハラを受けると、つい感情的になってしまいがちです。しかし、感情的になって得をすることは何一つありません。状況を悪化させるだけですので、絶対に感情的にならないこと、不用意に反論しないことが重要です。
例えば、障害施設の施設長がご家族との面談の場で「売り言葉に買い言葉」のような返答をしてしまい、その解除宣告が無効であるとされた裁判例があります。
障害施設による解除が無効とされた裁判例(平成26年5月8日大阪地裁)
原告父は、同日午後四時四五分ころ、施設長が手元の書類をまとめて立ち上がろうとしたのを見て、会議室の机を叩き、大声で「おい、お前な」などと言って、強い口調で抗議した。
すると、施設長は、「それは脅しですか」「非常にびっくりしていますよ」などと述べた上で、「先ほどの態度で契約のほうはこちらのほうで切らしていただこうと思っています」「明日からのご利用はなしで結構です」「もう帰ってください」「何でそこまで感情的になられて冷静に話せなあかんのか、あほらしなってきました」などと言った。
これに対し原告両親が、被告との間の信頼関係を破壊する「重大な背信行為」には当たらないとして提訴。
裁判所は次の通り判示した。
「確かに、原告父は、被告との話し合いの場で、机を叩き、大声をあげるなど、不穏当な言動をした場面があった。
しかし、原告父が被告の施設職員に対してこのような言動に及んだのは、原告が本件施設を利用してから一二年間で、この一回のほかにない。
…施設長は、原告父が上記のような不穏当な言動に出ると、その言動に藉口して、原告の施設利用を土曜日と日曜日に制限するのに止まらず、本件契約を解除して完全に打ち切ろうとした。
このような従前の経緯や当日の被告の対応に照らすならば、原告父が、上記のような不穏当な言動に及んだとしても、真にやむを得ないとみるべき側面があり、これを重大な背信行為であると評価するにはなお十分でないというべきである。」
緊急事態など例外もありますが、原則としては冷静に相手を観察し、事態を把握し、時間をおいてじっくり対応するよう心掛けましょう。
カスハラ加害者がつけ入る隙を作らない
「業務範囲外なのでできません」とお断りしても「いいじゃない、これくらい。前の担当はやってくれたよ」等と迫られると、つい応じてしまう…ということになりがちです。
しかし、そのように譲歩をしていくうちに完全に言いなりになってしまうということが良くあります。カスハラや過剰な要求を押し付ける人には、最初から毅然と線引きを行いつけ入る隙を作らないことが大切です。
また、有料老人ホーム等ではこのようなケースもあります。
元学校や大学の先生であったり、有資格者である等いわゆる「先生」と呼ばれて来たご利用者が、「お宅の施設は運営が全然なっとらん。私が指導してやる」と言わんばかりにあれこれと口を出す…ということがあります。
「あいつは辞めさせろ」「家族会で承認をした予算だけ執行しろ」「この規定がないから早急に作れ」等、次々と指摘してきます。
施設からすれば「余計なお世話」なのですが、「指摘事項は確かに正しいものであり、無碍にもできない…下手に反論すれば、それこそ火に油で収拾がつかなくなるからここは大人しく従っておこう」というマインドで、相手の言い分を受け入れている内に気づけば奴隷のような関係性になってしまった、というご相談をしばしば受けます。相手は「自分はいいことをしてあげている」と思っていることもあり、ますますエスカレートし現場を振り回すことになるでしょう。
そのような事態にならないよう、早めの段階で毅然とお断りすることが重要です。
なおその際、感情的になってはいけないことは先に解説した通りです。「お気持ちは有難いのですが、組織内部の事ですのでご参考意見として承らせて頂きたいと思います」等と伝えましょう。
この辺りの理解が難しいところですが、「感情的になる」ことと「相手の言いなりにならない」ことは別であり、この二つは両立できます。
ガンジーの「非暴力不服従」をイメージして頂きたいのですが、表面的には穏やかに、丁寧に対応するものの決して相手の言いなりにはならないという姿勢で臨みましょう。
曖昧な表現や発言をして都合の良い解釈をさせない
曖昧な表現や発言は、人によって解釈が異なります。人によっては自分に都合の良いように解釈するため、認識が異なり問題化する場合があります。カスハラ発生現場でも次のような危険性があります。
例えば、女性職員が男性ご利用者から「良い身体をしているな。他の人からもよく言われるだろう?」というセクハラ発言をされた際、女性職員は「そういう発言は苦痛だ」と感じていても、黙っていたり「そうですね」等の曖昧な返答で終わらせてしまっては、ご利用者はセクハラと認識できませんし、女性職員が不愉快な気持ちであることを理解できません。
この回答を受けて「こういう会話をしても大丈夫なんだ」と解釈されてしまったら、その後の業務でもセクハラが繰り返されることになります。回答次第では、「自分に気があるかもしれない」等と真逆に解釈されることすらあります。
後々になって「セクハラをされた」と主張しても「嫌がる素振りも注意もされなかった」という反論をされかねません。
これは一例でしたが、曖昧な発言や表現をすることで被害者側、事業所側が不利になることがあります。
ハラスメントの対処は「その場その場で、迅速に」が肝要です。勿論、被害者が面と向かって相手に指摘することは恐怖心もあり難しいでしょう。しかし、だからこそ組織内ですぐ共有し組織として対処する姿勢が重要です。その日の内に上司に報告し、上司からセクハラであると都度指摘するようにします。最悪なのは、現場でセクハラが繰り返されていてもずっと我慢し続け、或いは上司に相談したのに放置されるという状況です。
「鉄は熱いうちに打て」と言いますが、ハラスメントも熱いうちに打つ必要があるのです。
【鉄則】すぐに契約解除、退去通告するな!
「急がば回れ」の精神でイエローカードを出すこと
以上の注意事項を踏まえて、カスハラ対策の鉄則をお伝えします。それは、解除通知を出す前に相手方に「イエローカード」(カスハラに関する警告書)を提示することです。
先の裁判例のように、利用者・家族との話し合いの場で、相手が感情的になったからといって即座に口頭で解除を通知することはやり過ぎです。
急に契約解除、サービス終了となってしまうと、それ以降利用者の生活がままなりません。特に施設の場合は深刻です。利用者側も徹底抗戦し、施設からみれば「居座られる」ことになるのです。
こうなると我慢比べのような状態に突入します。利用者にとっては現場で腫物を触るような扱いを受け、針のむしろのような心境になります。後述するように毎月5倍、10倍の利用料を請求されるリスクが膨らんでいきます。
施設側としては解除のスタンスを撤回できず介護保険が使えない、そうなると入居費以外に介護保険料を10割利用者側に請求しなければならない…という経済的リスクを負うことになります。かといって、現場で介護を止める訳にはいきません。施設内にいる以上、介護を怠れば虐待(ネグレクト)や保護責任者遺棄罪になってしまうからです。
しかし解除通知は飽くまで一方的な通知で成立するものなので、「やっぱりやめます」ということができません。我慢比べが続くと裁判に持ち込まれることもありますが、そのときに利用者側に「急に契約解除や退去を通知してきた事業所は非常識だ。こちらが信頼関係破壊したとは認められない」と指摘されてしまったら、最終的に裁判所に「解除無効」を確認されてしまうこともあり得ます。そうなると、これまで国保連に請求できずにいた9割、8割分は全額自腹という結論になりかねないのです。
そのため、「急がば回れ」の精神が重要になるのです。皮肉な話ですが、真面目で我慢強い事業所ほど、このプロセスを実践できないという傾向があります。現場で我慢に我慢を重ね、堪えがたきを堪えた果てに「もう限界だ!」と放り出してしまう…利用者側は事業所が解除するなど夢にも思っておらず、非常に驚き「いきなり解除するなんて横暴だ」と反発する、というパターンが実に多いのです。
我慢が美徳とはならないこともあります。カスハラは職員に対する人権侵害行為であり、許されるものではありません。少しでも早い段階で現場で起きている問題を把握し、組織として介入しNOを伝えることです。そのような警告を重ねても相手が改善しなければ、満を持して解除すれば良いのです。
このような考えに基づくのであれば、仮に利用契約書に即時解除できるといった規定があったとしても、実務で突然契約解除、退去を求めるのは控えるべきでしょう。必ず解除の前にワンステップを入れ、「あなたのこういう言動に困っているので、止めてください」と申し入れをする必要があります。口頭でも有効ですが、証拠化するために文書作成し相手に渡すと良いでしょう。
なお契約書の解除条項等については、別コラムにカスハラ対策のおける契約書の見直し方法に関するコラムを掲載しておりますので、ぜひご覧ください。
カスハラ被害を受けた後は、有耶無耶にせず事業所として毅然とイエローカードを加害者に対して提示しましょう。その際は曖昧な表現はせず、そして感情的にならず、発生したカスハラの事実と改善が見られない場合の対応について示すと良いでしょう。
当事務所「弁護士法人おかげさま」では、これまで実際のトラブル解決に用いてきたオリジナルのイエローカードの雛形データを入手できる書式ダウンロードサービスをご提供しております。その他誓約書や同意書、約款など実務で使える書式や、研修用動画等も利用頂けますので、是非ご検討ください。
反省したのにまたカスハラをしたときは?
イエローカードを出すことで相手側はいっとき反省し、対応を改めるかもしれません。対応が改まれば、通常通りの対応で構いませんが、中には再度カスハラをしてしまったり、反省すらせずカスハラを続ける方もいらっしゃいます。
そういった場合は、解除通知を出してしまうか、丁寧に進めるのであれば「最終警告」を提示すると良いでしょう。「最終警告」とはイエローカードとレッドカードの間のようなものです。例えるなら「オレンジカード」といえます。
イエローカードは「警告」であり、「このような言動は止めてください」というお願いという位置づけですが、オレンジカードは「次に同種のカスハラをしたときは、ただちに契約解除します」と最終通告を出すのです。相手が話し合いに応じるのであれば、「二度としません」という誓約書に署名いただくのも良いでしょう。
この時も冷静に、かつ毅然とした態度で臨むよう注意してください。改善されないカスハラに怒りの感情を露わにしたり、相手を懲らしめようとする気持ちを持つ必要はありません。
改善しなければ「解除・退去」
ここまで警告をしても改善される見込みが無い、カスハラを止めない場合は、契約解除や退去にステージを進めるのも致し方ないでしょう。これまでの経緯やカスハラが改善されない現状を示したうえで契約解除を通知します。
契約解除に踏み切ることに不安を感じるかもしれませんが、これをしない限りカスハラを続ける相手との関係はこの先も続いてしまいます。
それは大切な職員を傷つけられることであり、職員が退職したり病んでしまったら、他のご利用者やその家族も間接的に被害を受けることになります。多くの善良な職員やご利用者の大切な事業所がカスハラひとつで崩れてしまうのをただただ見過ごすわけにはいかないはずです。ご利用者を守る、事業所を守る、職員を守る、そのためにも最終段階へは勇気を持って進むほかないでしょう。
それでも不安だ・判断が難しい…そんなときは弁護士の出番
しかしながら、やはり現場で起きる事は生ものです。事業所やカスハラの事案ごとに状況は異なるので、判断が難しい、不安が伴うという場合もあるでしょう。
特に警告や解除する書面作成は手間もかかりますし、どのように記載すれば良いか悩む場合も少なくないはずです。通常業務を行いながら、カスハラの対策を実施するのは慣れないことですし、業務量も増え苦労や迷い、悩みも多いことでしょう。
そんな時は弁護士に頼るというのも一策です。
弁護士は法律を根拠に対抗する専門家ですので、カスハラ相手が非論理的に、感情的に攻撃してきたとしても冷静かつ的確に対処できます。事業所の後ろに控えてアドバイスすることも可能ですし、万一の際は事業所の代理人として相手と裁判所で争うこともできます。さらに弁護士は法的に効力のある書面作成も専門分野ですので、都度必要な書面を代理で作成したり、事業所が作成した書面の添削、アドバイスも行えます。
特に相手が感情的になっているカスハラに関しては、相手の逆上やカスハラのエスカレートを恐れて委縮してしまいがちです。そういう時にどのような応対がベストかをアドバイスすることも弁護士にとっては得意分野です。これまでの経験値をもとに適切な応対方法をアドバイスできます。ときには応対時に伝えるトークスクリプトまでご提供してサポートもします。
カスハラ対策だけなくほとんどのトラブルがそうですが、やはりケースバイケースです。自分たちで取り組むのが不安な場合は、ぜひ専門家である弁護士を活用することもご検討ください。
当事務所の他コラムでは、弁護士に関するよくある質問をまとめたコラムを公開しております。ぜひこちらもご覧ください。
当事務所では介護・福祉事業所を支えるための2つの法務サービスをご用意しております
介護福祉特化の弁護士法人として事業所の経営者、職員を支えるために2つの法務サービスをご用意しました。
1.カスハラ問題特化の「カスハラ御守りサービス」
事業所で発生するカスハラ問題に特化したサービスです。カスハラは既に述べた通り、人によってとらえ方が異なるので断定するのが難しいという特徴があります。それ故に本来はまさしくカスハラであるにもかかわらず、本人が躊躇して相談しない、報告しないという事態が発生しています。つまり、職員の独断で抱え込んでしまっており、事業所側がいくら対応する姿勢であっても、スタート地点にすら立てないということになりかねません。
そこで、これらを打開すべく、2024年より本サービスを展開することとしました。
詳しいサービス内容は下記ボタンよりお進みいただくとご理解いただけると思いますが、本サービスの特徴を簡潔に挙げます。
・カスハラ問題に関して弁護士が相談対応をします。
・月2回、1回1時間で介護福祉特化の弁護士がサポートします。
・カスハラに関するご相談は何でもご相談いただけます。
・例えば「人の粗さがしをするご利用者家族によるカスハラへの対応法を知りたい」などの応対に対するお悩みに対し、具体的な応対方法、注意点をお伝えします。
・カスハラ相談窓口のご担当者様の駆け込み寺としてご利用いただくことも可能です。
・カスハラ問題に悩まない組織作りのアドバイスもお任せください。
・メール、電話、オンライン会議などやり取りの仕方はご自由にお選びいただけます。
※ご訪問による面談の場合は別途費用が発生します。
・夜間や休日などにカスハラ問題が発生してもご連絡いただいて構いません。
詳しいサービス内容、お申し込み、お申込み前のご相談などは下記ボタンよりお進みください。
2.事業所全体のすべての相談に対応する「おかげさま顧問弁護士サービス」
カスハラに限らず事業所で発生するあらゆるトラブルへの相談対応はもちろん、トラブル発生前の段階で関与し未然に防ぐための防御壁としてお役に立つためのサービスです。
介護福祉事業は人と人の関わりが密で、日々の生活をサポートする仕事ですので、いつ、どんなトラブルが起きるか分かりません。ご利用者とそのご家族が関係してきます。そのどちらもカスハラ加害者になる可能性があります。
仕事をしていると、明らかにカスハラと断定しにくいことも出てくるでしょう。「これはカスハラじゃないのか?」「こういう時はどうしたら良いだろう?」と不安になったり、迷ったりすることも多々あると思います。
不安や疑問をすぐに解決することで、トラブルの芽を摘むことに繋がることもあります。そういう時に役立つのが弁護士です。
できるだけ早い段階で安心して業務を行えるようにしたい。そういう想いを持っている弁護士法人おかげさまでは、現場の「困った」「不安だ「どうしよう」をすぐに相談ができる「おかげさま法務サービス」をご用意しました。
「おかげさま顧問弁護士サービス」の特長は以下の通りです。
●いつでもすぐに連絡してご相談いただけます
●電話、メール、どちらでもご連絡可能です
●ほんの些細な「困った」「不安だ」「どうしよう」でも承ります
●トラブルになりそうな予感がする時のご相談もお任せください
●経営者、施設長、職員どなたのご相談も承ります
●作成書類のチェックも行います
●全国で150を超えるご支援先の実績、知見があります
●当事務所は開業以来「介護福祉特化の弁護士法人」です
「おかげさま顧問弁護士サービス」に関する詳しいご案内はこちらからご確認いただけます。
また、毎月3法人様限定で「おかげさま顧問弁護士サービス」に関する無料面談もご用意しておりますので、特にご検討中の方はご利用ください。