
「もうムリ!」1件の事故から始まった、家族による謝罪の「無限要求」
施設運営では、注意しても思わぬ事故が起こることがあります。ヒューマンエラーを100%防止することは難しく、発生時には迅速的確かつ誠実な対応が求められます。
しかし、ご利用者ご家族の中には、事業所側の誠意に付け込んで、執拗に責め立てる方も存在します。その全てに応じる義務はありませんし、もはやカスハラというべき場合もあり、被害者とはいえ相手側の言い分を絶対視する必要はありません。
今回は、事故が発生した後に施設側の誠意を求め、次々と要求をしてきた利用者家族とその対応について解説します。
転倒事故発生!本当にあった家族からのトンデモ要求
顧問先様である施設で、ご利用者であるAさんの転倒事故が発生しました。担当職員が目を離した隙にAさんは転倒し、すぐに病院へ搬送されましたが、手首の骨を骨折し回復まで通院を続けなければいけないと医師に言われました。
担当職員をはじめ施設長もAさんに対して申し訳ない気持ちでいっぱいで、誠心誠意対応する姿勢は見せていました。Aさんが自宅に戻ってから施設長は訪問し、ご家族にも謝罪し、今後の対応について話し合ったそうです。保険を活用して治療費などをお支払いするなど、金銭面の補償についてもお伝えしました。
その際、Aさん家族から次のような要求がありました。
・担当職員、Aさんの関与者全員から「今の正直な想い」を夫々便箋に書いてほしい
・便箋とは別に、「迅速な初動対応を怠ったため、Aさん、家族に精神的ダメージを与えてしまったこと」を含めた謝罪文を理事長名義で一筆入れてほしい。
・今後は10日程度の間隔で連絡をし、手紙や保証面の進捗状況を報告すること
この要求を受けた施設側は、できる限りお応えしたいと考えましたが、該当する職員が多いことと、職員ごとに「正直に想いや謝罪を書くべきだ」という者もいれば、「通常業務もある中で、その要求は過剰だしきりがない」と考える職員もおり、どのような対応が良いか悩んでいました。「個人が便箋に書くのは難しいが、寄せ書きはどうか?」という意見が挙がり、最終的にはAさん家族の了承を得て寄せ書きを郵送することにしたそうです。
これで納得していただけるかと思ったのですが、ところがそうはいきませんでした。

ご家族から追加の要求
寄せ書きを職員で書いている最中、Aさん家族から電話が来ました。なんと、追加の要求でした。
「事故の日の夜勤者に関しては、寄せ書きとは別に今の気持ちを手紙にしてほしい」
この要求に対し、施設側は「これは流石に過剰な要求ではないか」と思いつつも、断ることも難しく言われるまま手紙を作成することにしたそうです。
最終的に要求通りの文書を揃えAさん宅へ郵送することができました。これでようやく対応がひと段落したと思った矢先に、またまた新たな要求が来ました。

延々と続く要求
施設長宛に送られたメールの中身は以下の通りでした。
・病院での治療で貴重な時間を奪われたが、それを忘れないでほしい
・事故以降、現場の担当職員は今どんな様子か。事故のことを忘れていないか
・利用者が受けた診断内容は皆に周知してくれたか
・事故の初動に問題があったこと、間違った対応をしたことを認識してくれているか
・利用者が受けた身体的、精神的な苦痛は消えない。そのことについてどう思っているか施設としての認識を伝えてほしい
施設としては謝罪を行い、損害保険の手続も並行して進め出来る限りの対応は行っていました。職員による寄せ書きも送り、定期的に連絡を取り合って様子を伺う対応をしていました。しかし、それでもさらに精神的に追い込むような連絡が来てしまいました。文面上は特に怒りを露にするようなものではありませんでしたが、その分不気味さを感じさせるものでした。全体の雰囲気も粘着で、職員を精神的に追い込むものだったのです。

度重なるご家族からの要求に対し、施設長や職員は「こちらとしても誠意を尽くしたいが、いつまでも責任を突き付けられると精神的に辛いものがある。どこまでやれば納得頂けるものか、先が見えない。」と不安になりました。
治療が終わった場合に、Aさんはこの施設に戻ってくるか尋ねたところ、「Aさんの障害特性から考えると、うちの施設しか受け入れられないと思われる」とのことでした。このままでは埒が明かないため、当事務所が代理人として示談交渉を進めることとなりました。
相手の気持ちに寄り添いつつ毅然と線を引く
まず事務所より、ご家族に受任通知をお送りしました。
「本件については施設としても反省し、真摯に謝罪の思いをお伝えしたいと考えていますが、発生した治療費の補償など法的な手続も必要となります。これらを円滑に進めるため、本件については以後当職が窓口となり対応させて頂きたいと存じます。」
と書くことで、飽くまでご利用者のメリットになることを伝え一方で施設への精神攻撃の盾となるという狙いです。
当初、ご家族は
「これまで求めてきたことを施設から聞いているのか。誠意ある謝罪が見られない限りこちらもハイという訳にはいかない」
等と抵抗していましたが、再度通知を送り
「謝罪を最終的に受け入れて頂けるかは主観的なものであり、施設としては現状考え得る対応をしてきたと認識していますので、一先ず必要な手続を進めさせて頂きたい」
と伝えました。このように明確なレールを敷き、毅然と対処することで先方も執拗に絡んでくることは無くなります。家族としても、施設が応じることから「あれも、これも」と次々思い浮かんでしまい、却って気持ちの整理がつかないということもあるかもしれません。こうした仕切り直しをすることで、家族からの要求は止んでいきました。

施設は、Aさん家族から求められる様々な対応に不安を感じていました。特にひとつの対応が終わるごとに追加の対応を求められ、しかも、それが絶対的に無理な要求ではなかったため、「いつまでこの不安が続くのだろう」という不安が増していきました。
施設長だけでなく現場職員にまでその不安が広がり、円滑な業務遂行が難しくなる危険性がありました。
「私たちのミスで事故を起こさせてしまった…」
「Aさんに怪我を負わせたのは事実だ…」
「Aさん家族からの要求は無理な内容ではない…」
という自責の念からAさん家族への対応の呪縛から逃れられにくくなっているのです。皮肉な話ですが、責任感が強く誠実な人ほど、この落とし穴にはまりがちです。
当事者間では堂々巡り、泥沼になってしまうようなケースでも、このように弁護士が交渉の場に出ることで、話の軌道を修正し着実に解決に向け進めることができます。感情的になることなく、法的にも間違いのない交渉が可能となります。
また弁護士が代理人として動くことで、依頼人である施設側は交渉に捉われず、施設運営にリソースを傾けることができます。介護・福祉現場は特に、日々の業務を止めるわけにはいきませんので、事業継続をしながら交渉事を進めるために弁護士を活用することは大きなメリットがあります。
顧問弁護士はトラブル発生時のアドバイスを行い、それでも事態が収束しそうにない場合は代理人として即座に対応することができます。代理人として対応する場合は別途費用が発生しますが、相手からの執拗な要求、責め立てられるような状況が続き、それらによる職員の労働意欲低下、休職や離職、サービス品質低下などの問題が起こることによる損失と比較していただければと思います。顧問先の皆様も、何かありましたらいつでもお気軽にご相談ください。
今回は弁護士活用事例のご紹介でしたが、このほかにも様々な事案の対応例をコラムで発信しております。どちらも無料でご覧いただけます。

弁護士外岡 潤
弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)
2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。
ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。







