なぜ高齢者虐待が起きてしまうのか、 そして、何を心がけるべきなのか?

高齢者虐待は現場において起きてはならないことですが、現実には施設、在宅共にその報告件数が増加し、深刻な事件も度々報道されています。

しかし、常に人手が足りず多忙を極める介護の現場では、自身や組織のケアの仕方、サービス提供の仕方が高齢者虐待にあたるかを意識することは困難であり、多大なストレスを伴います。

本稿では、介護現場で発生する高齢者虐待の実態を把握し、それが起こる原因や理由について解説します。高齢者虐待が起きる理由を理解することで、実際の現場で同じような状況に出くわした際の予防措置を講じる気付きになれば幸いです。

 

介護現場で発生する高齢者虐待の実態

厚生労働省「令和3年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」によれば、施設従事者等による虐待件数は、報告だけで2390件、虐待と認定されたケースは739件とされています。前年度よりも増加しており、報告と認定ともに過去最大の件数となっています。

コロナ禍が長引く中でご家族の訪問などのあらゆる外部との接触が絶たれたままです。それに伴い施設全体が「巨大な密室」となり、風通しが悪く外部の目が無いとその分問題も増加する傾向にあります。

 

介護従事者による虐待の中で最も多いのは身体的虐待です。次いで心理的虐待、ネグレクトの順になります。

既述の令和3年度の厚労省による調査結果と前年度の同じ調査結果を比較すると、身体的虐待、ネグレクトはほぼ同水準ですが、心理的虐待だけが10ポイント以上増加しています。

 

これは筆者の推測でしかありませんが、身体的虐待よりも心理的虐待の方が周囲に知られる危険性が低いと判断した職員が起こしている可能性があります。ご利用者の健康状況、介護状況を踏まえ、心理的虐待であれば事態が明らかになりづらいと判断しているのかもしれません。いずれにせよ、あってはならない虐待が介護現場で増えているという事実は確かです。

具体的な介護施設での虐待事例

例えば次のようなショッキングなニュースが報道されています(令和4年1月21日)。

入所者の裸の撮影や顔への落書きなど虐待を繰り返したとして、大阪市は、同市内のグループホームを、介護保険法に基づいて2月1日から半年間の新規入所者受け入れ停止、および介護報酬3割減額処分とすると発表しました。

市によると、2019年12月から20年10月の間、同施設の女性ヘルパーが、認知症で高齢の女性入所者に対し、裸を撮影して職員数人に送信、顔にペンでひげを書く、髪の毛を切る、手をたたく、寝かせて胸をつかむ▽威圧的な声掛けをするなどをしました。別のヘルパーも入所者の両足首をタオルで縛るなど、計3人のヘルパーの虐待行為が確認されました。

 

虐待防止策は、勿論第一にご利用者の身体の安全や人権保障のために講じるものですが、経営的観点からは、このように一つの事件が重い行政処分に繋がる可能性があるということを十分に認識する必要があります。M&Aの話がまとまりかけた頃に虐待事件が明るみに出、話が空中分解したり、問題ある事業所として売値が大幅に下げられてしまうといったリスクもあるのです。

社会福祉法人においては、究極的には社会福祉法上、法人の「解散命令」が出されるリスクすらあります。

 

高齢者虐待が起きてしまう要因

厚生労働省「令和3年度 高齢者虐待の防止、高齢者の養護者に対する支援等に関する法律に基づく対応状況等に関する調査結果」によれば、虐待の発生要因として最も多かったのは、「教育・介護技術等に関する問題」で、全体の56.2%でした。次いで「職員のストレスや感情コントロールの問題」、「虐待を助長する組織風土や職員間の関係の悪さ、管理体制等」、「倫理観や理念の欠如」となっています。

 

知識や技術が乏しいことにより、「この程度で良いだろう」「これ以上何をしても無駄だ」「何をしても文句言えない状態だ」という認識で行動し、それが虐待になってしまうことがあります。

 

また、介護従事者の心理的な問題、介護現場の労働環境や働き方の問題により、介護従事者の理性や奉仕の気持ちが損なわれてしまい、結果的に虐待してしまうこともあります。悩みや問題を抱えているにもかかわらず、上司や同僚へ報告、連絡、相談ができずに、一人で思い悩んでいる中で起きてしまう虐待もあります。

 

介護現場で発生する高齢者虐待は、介護従事者の未熟さによるものだけではなく、介護従事者が置かれている環境が原因となっている場合も多々あるのです。

一度起きれば二度、三度と繰り返される

虐待問題の困難な点は、「一度きりで終わるとは限らず、むしろ二度、三度と繰り返される(或いは他でも複数起きている)可能性が高い」というところです。このように虐待が頻繁に起きる施設、事業所を「虐待体質」と呼びますが、人間の体と同じで、一度そのような体質になってしまうとそこから抜け出すことは至難の業です。

 

ですが、当然のことながら虐待というものは一度でも起きてはならないものです。よく見られるパターンが、上記のような深刻な虐待が通報により明らかとなり、行政指導を受けて改善措置を進めているところにまた別の虐待が発覚する…というものです。「うちの施設に限ってそのようなことはあり得ない」と自信をもって言える組織であればそのような心配も無用かもしれませんが、筆者はこれまで、盤石と思われた法人が一件の虐待事件を皮切りに、次々と問題が生じ転落していく様を見てきています。

 

では、どうすれば虐待を防止できるのでしょうか。前述のグループホームの事件のような、目を疑うような虐待が何度も起きる現場がある一方で、虐待とは無縁の平和な施設、事業所も沢山存在します。

 

その差は明白であり、真の原因は「虐待をするような悪質な職員が紛れ込んでいた」といった偶然に左右されることや「研修が不十分だった」という些末なものでは無いように思われます。うまくいっている事業所はどこが違うのでしょうか。

 

虐待を無くすために介護現場で意識するべきこと

施設内虐待が起きてしまう要因はさまざまに挙げられますが、結局は、厳しい言い方ですが「経営者の姿勢の問題である」と考えます。

結論からいえば、如何に経営者(経営層)が現場を気にかけ、現場で日々起きていることに関心を払っているかということに尽きるのです。具体例で解説します。

 

■夜勤の実態を把握できていますか?

例えば施設であれば、夜勤の勤務実態をどこまで把握しておられるでしょうか。理事長や代表自身が逐一把握する必要まではなく、組織全体として現場で起きることを速やかに共有できることが大切です。

 

「モーニングケアまで担当するので明け方は特に疲弊し、ミスが多い」
「休憩室が遠いのでリビングのソファーで寝ている」

 

といった驚愕の事実があるかもしれません。
その結果、

 

「夜間に徘徊が多いご利用者の誘導が面倒になったので、居室の外からモップを立て掛け出られないようにした」

 

といった事実がもし出てきたとしたら…? これは違法な身体拘束であり身体的虐待となります。

そのようなとき大切なことは、短絡的に目先の事柄に原因を求めないという姿勢です。「そのような非常識なことをする職員はうちの職員ではない」等と決めつけ、全ての原因をその職員に求めることは容易でしょう。しかしその背景まで広く深く原因を探らなければ、真の原因は明らかとならず、また同種の事件が起きてしまうものなのです。

日常業務をこなしながら経営者、責任者が全ての職員と直接面談を行って状況把握、情報共有をするのは困難です。介護現場ごと、グループごとに、小さな組織でリーダーが取りまとめていくこともできるでしょう。また、無料のチャットアプリなどを活用して、オンライン上で状況把握、情報共有をすることもできます。

 

■孤立しない、させない心意気

そのためには、一重に現場職員の声(悩み、不安、疑問、不満)を聞き、皆で解決しようとする姿勢(チームワーク)が重要となります。

 

もしこの職員が「夜間に徘徊が多く困っている」ということをメンバー間で事前に共有できていれば、このような事件に発展してしまう前の段階で皆で話し合い、「夜間に覚醒してしまうのであれば、日中の運動を増やすなど眠りやすい環境を整えよう」という方針や、場合によっては睡眠導入剤等の対策も考えられたかもしれません。

或いは、そもそも「入所者は、夜は寝なければならない」というルール等無いわけですから、ご利用者のQOLを真の意味で追求する観点からは「夜のお散歩」(徘徊という言葉は、本当は不適切です)を抑止しようとする考えはそもそも捨て、ある程度自由に歩き回っても周囲に迷惑をかけないような対策(よく立ち入る別利用者の居室があるのであれば、その入口に無音のセンサーを導入する等)を講じることが解決策となるかもしれませんね。

 

最終的に解決に繋がらないこともあるかもしれませんが、重要なことはこのように職員一人ひとりを孤立させないことなのです。気軽に相談できる環境であれば、日勤の同僚やリーダーに相談するだけで人は安心できます。いざとなれば「もう無理です」と言えるのですから、精神的に追い詰められることなく、平穏な心で夜勤をこなすことができるでしょう。

 

チームワークを重視しない組織、もっといえば入り口となる情報共有の段階で何も注意を払っていない組織は、職員を孤立させてしまうのです。孤立した職員は追い詰められ、ストレスがたまった挙げ句それをご利用者にぶつけてしまうかもしれません。そうなると実はもう手遅れであり、その組織は「虐待体質」に陥っているといえるのです。

中には、確たる原因がなくともご利用者を攻撃するような輩も紛れ込んでいるかもしれません。

例えば「あの職員が夜勤に入ると、なぜかご利用者の顔や手に痣ができることが多い。しかしカメラでは決定的場面は捉えていない」といった不穏な傾向が代表的です。このような場合も、まずは現場で起きていることを上層部が把握しなければ、事態は水面下でエスカレートする一方です。できるだけ早い段階で察知し、対策に向け組織全体として動いていくことが肝要です。

 

コンプライアンス上求められる措置

令和3年の報酬改定に伴い、「全事業所が、個別に虐待防止策を講じなければならない」とされました(3年間の移行措置)。施設であれば当然行ってきた取り組みといえますが、今後はケアマネージャーや訪問介護、福祉用具貸与事業所等もそれぞれ以下の措置を講じることが義務付けられます。

特に居宅(ケアマネ)や福祉用具はここが手薄になりがちですので、期限内にしっかり対応しておくことが必要です。

 

事業所がすべきことは以下の5つです。

 

①運営規程への虐待防止規定の追記

②虐待防止指針の策定、

③最低年1回(および新規採用時)の研修

④定期的な委員会の開催(年何回かは定められておらず、定期的であればその間隔は自由)

⑤虐待防止に関する措置を適切に実行するための担当者の設置

 

当事務所のサポート内容

虐待問題については、当事務所代表弁護士外岡潤(そとおかじゅん)の著書「実践 介護現場における虐待の予防と対策─早期発見から有事のマスコミ対応まで─(民事法研究会)」(以下「拙著」)に詳しく、基本的事柄についてはこちらをご一読頂ければと思います。

以下に、当事務所が法的観点からご提供できるサービスについてご紹介します。

 

【サポート①】虐待防止措置の対応支援

令和6年4月以降、全事業所の義務とされる虐待防止の指針の策定や委員会の立ち上げなど、「参考とする規定例もなく、未経験なので進め方が分からない」という法人様のために、雛形やノウハウをご提供できます。

 

【サポート②】「気づきシート」導入コンサルティング

既に虐待事件が起きてしまい、もう後がない!というピンチのときに効果的なサービスです。

拙著で詳述しております「気づきシート」とは、簡単に言えば「現場職員に、現場で起きた良いこと、悪いことを何でもシートに書いて提出してもらう」という仕組みです。筆者がある法人の虐待予防委員会の第三者委員を務めている経験から得たメソッドですが、非常に効  果的であり、虐待の芽をいち早く摘むことができることは勿論、お互いを褒め称え合う良い循環が生まれ、結果的に離職率も低下する等さまざまなメリットが期待できます。何より導入費用がITのように高額とならず、やろうと思えば実質無料でできる点が優れています。

当事務所では、連続数回などお客様の状況に合わせたプログラムをご提案し、現場の情報を共有する仕組みづくりを定期的にサポートします。

 

【サポート③】虐待防止研修

これも施設以外の事業所では手薄になりがちですが、義務化された以上確実に実施しなければなりません。居宅であれば居宅のための虐待に関する知識があります。事業形態に合わせた効果的な研修をご提供します。

 

【サポート④】問題を未然に防ぐための継続サポート(顧問契約)

顧問契約とは、月額の顧問料をお支払い頂くことでいつでもお気軽に当事務所にご相談できる体制を構築するサービス形態です。これにより現場で虐待の疑いや芽を発見し次第、直ちに相談し対処法を知ることができるようになります。顧問弁護士を虐待防止委員会の第三者委員に迎え入れることで、予防の実効性が格段に高まり、対外的信用も増すことでしょう。介護・障害のトラブル対応に特化した当事務所との顧問契約を、是非ご検討ください。

 

 

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