いよいよ国もカスハラ対策に動き出し、介護業界もそれに従ってカスハラ対策を意識する必要が出てきました。人材不足が深刻化する中、職員が安全に働ける環境整備は急務といえます。
では、カスハラ対策として何から手を付けるべきでしょうか?
まずは目の前で発生しているカスハラ案件を何とかする、という方が多いことと思います。
ただ、カスハラの初動対応については行政主催の研修や集団指導でも習う機会はほとんど無く、厚労省のガイドラインにも具体的には書かれていません。施設事業所ごとに、あるいは職員個人のやり方で対処している(或いは、そもそも対処できていない)のが現状ではないでしょうか。
様々な悩みがあり、なかなか一歩踏み出せない施設様も多いことと思います。
自分たちが働く現場で発生するカスハラにどのように対処するか。これが分かることで、介護現場の最前線で働く職員の不安や恐怖を和らげることができるでしょう。
そこで、本コラムでは、介護福祉業界においてカスハラが発生した際にとるべき初動対応について解説します。介護・福祉業界に特化した弁護士法人として、これまで数々の事案に関わった当事務所では、カスハラ解決事例も多々あります。そこから得られた知見をもとに解説致します。
・カスハラ発生時の初動対応のポイントが分かります
・カスハラ対応でやってはいけない落とし穴が分かります
・カスハラに対応する際の適切な考え方が分かります
・カスハラを受けた経験があるが、そのときは上手く対応できなかった方
・カスハラに遭遇した時に備えて上手い切り返し方や対処法を知りたい方
・カスハラ加害者と対峙した際に緊張や不安で萎縮してしまいそうな方
・実際に起きた現場のカスハラ事例と、その対処の顛末を知りたい方
・部下や職員にカスハラの初動対応を学ばせたい方
・今から資金0円でできるカスハラ対策を知りたい方
目次
カスハラ対応は初動が大事
ご利用者やご家族からカスハラを受けた場合、よくある失敗パターンが「まだ数回程度だし我慢しよう」「こちらに落ち度があったともいえるし、強く言われても仕方ない」と見過ごすことです。他の失敗例は「謝ってなんとか乗り切ろう」「出来る限り従う姿勢を見せることでやり過ごそう」と、いわば逃げの姿勢でやり過ごそうとすることです。
これらが全て悪いとは言い切れませんが、悪質なカスハラにこれらの対応を実施すると、余計にカスハラがエスカレートする危険性があります。
「この職員は言いなりだ」「この職員は何をしても大丈夫」と調子に乗らせてしまうため、カスハラを受ける職員だけが犠牲になりさらに辛い思いをすることになります。ですので、初動対応でエスカレートする前に芽を摘むことが極めて重要になります。
因みにもう一つ、理不尽なカスハラに屈してしまう「あるあるマインド」をご紹介しましょう。それは「説明しても理解されないし、一つ言えば百返ってくるので面倒だ。もう何も言わないようにしよう」と、抵抗(説明や説得)を諦めることです。しかし、こちらが黙っていても相手は「黙示の承諾をした」と曲解し、自分に屈したと思いますます調子に乗る…というパターンに陥りがちです。そのような事例のご相談を沢山受けてきました。
カスハラ初動対応の基本的な考え方
カスハラの典型例である、「利用者家族が職員に対し、介護の不手際を咎め恫喝した」というシーンを想定してみましょう。
施設入所者のA様は食が細く、どんどん体重が落ちています。施設側としては食事を無理強いすることはできないので、ご家族にA様の好物の差し入れ等をお願いしました。ところがご家族の息子さんは職員の説明を受けても納得せず、「それはお前らの工夫が足りないからだろ!それでもプロか、恥ずかしくないのか!こっちは金払ってんだからしっかり母に食べさせろ!」等と怒鳴りつけました。
この案件への初動対応を考えます。
いきなりご家族からこのように恫喝されたときに備え、いくつかの基本的考え方(心構え)をチェックしていきましょう。
●何を言われても動じない
相手の大声につられてこちらも興奮したり、カッとなって気色ばんではいけません。相手はむしろ挑発目的でそのような発言をしているか、自分自身の怒りで我を忘れているのだろう…等と想像し、決してこちらは動じないことが重要です。いついかなるときも冷静沈着に、相手の暴言がひどいほど「真に受けない」ことを肝に銘じましょう。
●安易に謝罪しない、要求を認めない
カスハラ相手は過剰な要求をしてくる場合がありますが、それらを全て認めてしまうと余計に調子に乗ってくる危険性がありますので、極力認めないようにしましょう。当然、こちら側に非がある場合は、その点において謝罪や説明をするのが賢明です。しかし相手の勢いに負けてつい謝ってしまうと、「じゃあどうしてくれるんだ。約束しろ」等と第二、第三の要求が飛んで来かねません。本件のような場合に条件反射的に謝ると、Aさんが食べず体重が落ちていることが施設の責任ということになりかねません。
●一人ではなく、組織で対応する
カスハラ被害に遭うのは大抵一人の職員ですが、自分が担当だからといって無理に抱え込む必要はありません。そうではなく、恫喝された、怖い思いをした、不快な思いをした…といったネガティブな経験は全て、逐一上司に報告することが大切です。報告相談を受けた上司は、決して相談者を否定することなく、我がこととして丁寧に対応するようにしましょう。決して問題を放置したり先送りしてはいけません。
●相手の主訴を見極める
カスハラとクレームの違いは「主訴があるかどうか」があります。相手が求めていることが明らかな場合は、その点に関しての改善策を提案する等により話し合いを先に進めることができます。例えば「契約と異なることがあるので怒っている」「この点に関していつもと違っているので説明が欲しい」などの主訴が明らかであれば、それに対応してください。本件のように一方で主訴が分からない場合、何を求めているかが不明瞭な場合はカスハラである可能性が高いので、相手が求めるところを安易に認めないように注意しましょう。
●その場で解決させようと焦ってはいけない
その場で一刻も早く相手の怒りを鎮め、解決したい気持ちが募るのは分かりますが、焦りは禁物です。その気持ちがあると、相手の過剰な要求を必要以上に認めることに繋がったり、誤った判断をしていまいかねません。職員の場合は、自身の権限移譲の判断をしてしまい、余計に事態を悪化させるリスクもはらんでいます。たとえば以下のような文言で対応し、後日改めて落ち着いて対応するようにした方が良いでしょう。
<職員の場合>
「私一人では判断できかねますので、施設内で協議したうえで改めてこちらからご連絡させていただきます。」
<施設責任者の場合>
「当施設としましてはコンプライアンスに則り対応する必要があると考えておりまして、弁護士に相談したうえで正式にご回答します。」
カスハラ初動対応の例
先の「A様が食べないので瘦せられた」という事例では、次のような初動対応が考えられます。
① 主訴を見極める
相手方は、A様に「しっかり食べさせろ」と要求しており、食事の摂取率を高めるという明確な事柄を求めているといえます。その意味では主訴はあるといえますが、現実問題として食欲がない人の口に食べ物を押し込む訳にもいかないため実現は難しく、無理難題を押しつけていると言いうるところです。
② カスハラか否かを判断する
相手方の主訴は無理難題であり、これを求めること自体カスハラである可能性があります。また、伝え方が命令口調であったり、「それでもプロか、恥ずかしくないのか」という相手の人格を貶める発言、「こっちは金払ってんだから」という歪んだ「顧客第一主義」の高圧的な態度に鑑みると、相手方は不可能な事を無理やり職員に押し付けようとしていると評することができ、これはカスハラに該当する可能性が極めて高いといえるでしょう。
なお、「証拠化」の意識は非常に重要です。いついかなるときも、「取りあえず録音しておこう」といった、事実を証拠化していくという意識を持つようにしましょう。
③ 被害に遭った職員を守る
直接恫喝された職員は、少なからずメンタルにダメージを受けているはずなので、十分時間を取って話を聞き、共感の意を示すことが重要です。決してないがしろにせず、また「人が他にいないから」といった理由で同じ職員を矢面に立たせ続けることはしないようにしましょう。
④ 相手に注意・警告する
後日でも構わないので、「先ほどのご発言はいわゆるカスタマーハラスメントに当たり、職員を傷つけ萎縮させるものなので問題であると当方は認識している。以後、同様の恫喝的命令や人格を毀損する発言は控えて頂きたい」と相手方に申し入れ、繰り返さないよう求めます。その際、相手にもプライドがあるでしょうからカスハラ発言をしたことを理由とした謝罪までは求めずとも良いでしょう。
その上で、「自分達もA様の体重が落ちていることは心配なので、往診の先生に診て頂いたり、ご家族を交えカンファレンスを開くなど関係者間で情報共有し改善策を話し合いたい」と伝えます。このように、「皆で話し合い共に考える」という状況に誘導することで、相手方を正規の施設の介護提供プロセスに組み込んでしまうことが得策です。
⑤ 相手が従わなければ代理人を立て、解除を検討する
以降は初動対応からは外れてしまいますが、③のように相手方に伝えたにも拘わらずカスハラ発言が繰り返されるような場合は、やむを得ず前述したように弁護士を代理人として立ててバトンタッチします。
最終的に埒が開かない様であれば施設側から入居契約を解除し、期限を切って退去を求めることが考えられます。ただ、この方針は一言でいうと大変な「茨の道」であり、最後の最後に出す切り札として取っておくべきものです。
このような状態になる前の、「カスハラの芽」の段階で弁護士にご相談されることをお勧めします。ご相談を受けた状況、条件のもと、どのような行動をとるべきか戦略を一緒に考えることができます。
以上が、カスハラへの初動対応の流れです。
カスハラ対応「これだけはやるな」!
カスハラをされた次の瞬間に、一番やってはいけないことは何でしょうか。
それは、前述したとおり「感情的になる」ことです。対応する際に、被害者側であるこちら側が暴力をふるったり、相手の人格を否定する、脅すような言動をすることは絶対に避けなければいけません。どんな理由があろうと暴力を振るえば負けです。
最近は多くの方がスマートフォンを持っているので、抜け目ない家族は興奮した職員の様子を動画に撮り、それがSNSに投稿されて、勤務先全体の評価まで下げてしまう可能性もあります。
さりとて、感情的になるなとは書きましたが、相手の無理難題を受け入れたり黙認することもしてはいけません。淡々と丁寧に、しかしはっきりと「そのような言動は困るので止めてください」と伝えることです。それは必ずしもその場で即座に切り返さなければならないものではなく、じっくりと組織全体で対応していけば良いのです。
【よくあるケーススタディ5選】カスハラ初動対応「こう来たら、こう返す」
とはいえ、相手から突然カスハラのような言動が飛び出したとき、咄嗟に対応できるとストレスにならないので良いですね。またその場の主導権をこちらが握ることもできます。
そこで以下、現場でよくあるカスハラ言動と、それに対する返し方の例を挙げたいと思います。あくまで当事務所が相談事例等を基に作成した一例、一案に過ぎませんので、これらをアレンジして自身の業務で活かしていただければと思います。なお、これらのやり取りは単発でショート動画としてYouTubeにもアップしていますので、是非合わせてご視聴ください。
①「俺は当然の権利を主張しているだけだ。自分でミスしておきながら棚に上げるな」と言われたら?
お言葉ですが、権利があるからといってどのような言い方や振る舞いをしても良いということにはなりません。たとえお怒りであったとしても、そのような言葉遣いで大声を出す必要は無いものと考えます。ご指摘の点は勿論検討させて頂きますが、興奮してしまうようでしたら、書面にて頂けますでしょうか。
②こちらの些細なミスをあげつらい、「飲食店利用と同じで、評価を書き込むのは表現の自由だから、このことはネットに書き込ませてもらう。」と言われた場合
確かに書き込みは基本的に自由ですが、社会的地位や名誉を低下させるような書き込みがなされた場合は名誉毀損罪や業務妨害罪が成立する可能性もあります。いずれにしましても、ネット上にご投稿頂いた場合も当方の見解を返答としてお示しし、真摯に対応させて頂きます。
③「お前じゃ話にならないからミスした本人を出せ!私には直接話す権利がある。」と言われた場合
お気持ちはごもっともですが、当方もコンプライアンスでやっておりまして、サービスに関
するお問い合わせは私のような管理者が対応するという内規になっております。
お話頂いたことは確かに本人にも伝えますので、まずは私の方でお話を伺います。
④「何であんなやつが働いているんだ。向いていないんじゃないか。辞めさせろ!」と言われた場合
貴重なご意見を有難う御座います。ただ、職員の雇用や罷免に関する人事機能は飽くまで雇用主である組織内部に属しますところ、ご要望通り対応するお約束は致しかねます。
⑤「お前じゃ話にならない。責任のある社長が謝罪に来るのが筋だろうが。」と言われた場合
お怒りはごもっともです。ただ、社長は確かに代表的立場にある者ですが、社長個人が責任を負う立場には無いのです。最終的に責任を負う者は、飽くまで法人自体となります。
お客様との関係で窓口となる者は、私どもの組織では部長職となっております。ご意見ご要望は全て社長に逐一報告致しますので、ご理解頂けないでしょうか。
いかがでしょうか。ポイントは「コンプライアンス」「ルール」「規則」を盾にするという発想です。流れとしては、①まず穏やかな気持ちで相手の気持ちを受け止めようとし、②その後ルールをてこにして切り返すというイメージです。心に余裕をもち、全体的に相手を包み込む、されど振り回されないという意識で臨むと良いでしょう。
カスハラは事業所全体の課題として対応するべき
カスハラが発生する現場の多くは、いち職員がご利用者やそのご家族と接しているときです。そこには職員が一人あるいは少人数で真摯にご利用者に向き合い対応している現場です。そこで発生するカスハラ現場での初動対応は職員がやらざるをえない状況です。極論ですが、このような現場が最悪の場合、職員の人数分発生することになります。
これを放置しておく、職員個人に任せるということになってしまうと、職員のメンタルの不調、働く意欲の低減、離職や休職に至り、最終的には事業所が困る事態になります。「カスハラはちょっとしたクレーマーでしょう」というような認識は危険です。介護は休みなく続く事業ですので、職員個人任せではなく、事業所全体の課題として恒久的な対策を実施することをお勧めします。
今この瞬間のカスハラへの対処、組織的な体制構築は弁護士にお任せ!
当事務所はこれまで15年間、介護福祉現場のトラブルに対処していく中で、カスハラ対応の経験も豊富にあります。これまでの経験を振り返ると、カスハラをする者の多くは感情的で、威圧感を持ってねじ伏せようとする傾向が強いです。そういう人ほど、事業所が弁護士を正式に代理人として立て毅然と向き合う姿勢を示すと、途端に尻すぼみになってしまう…ということが非常に多いのです。
また、事業所側が冷静であっても、カスハラ加害者は一人で興奮し続け、人格を否定するような言動や揚げ足取りの指摘で事業所側の弱みを突くようなことを延々としてくる場合があります。なかなか冷静に話し合う機会は設けにくいところです。
こういう場合は、法的根拠をもとに冷静に交通整理ができる弁護士が第三者として介入することが効果的です。
弁護士が関与することで得られる事業所側のメリットは以下の通りです。
●冷静に事態を把握できる
●論理的に話を進めることができる
●普段通りの業務を続けられる
●カスハラを繰り返させない
弁護士が関与することのメリットの詳細、弁護士の関与の仕方、どのように落としどころを決めるのかなどはこちらのコラムで詳しく解説しております。
カスハラに関する続きのコラムは「4. これが出たら警戒!介護・福祉現場の「カスハラの芽」」からご覧ください。
介護業界特化の弁護士でカスハラ対応経験が豊富な弁護士法人おかげさまがカスハラ対策をサポートいたします。
「おかげさま顧問弁護士サービス」をご用意しております。
介護福祉事業は人と人の関わりが密で、日々の生活をサートする仕事ですので、いつ、どんなトラブルが起きるか分かりません。ご利用者とそのご家族が関係してきます。そのどちらもカスハラ加害者になる可能性があります。
仕事をしていると、明らかにカスハラと断定しにくいことも出てくるでしょう。「これはカスハラじゃないのか?」「こういう時はどうしたら良いだろう?」と不安になったり、迷ったりすることも多々あると思います。
不安や疑問をすぐに解決することで、トラブルの芽を摘むことに繋がることもあります。そういう時に役立つのが弁護士です。
できるだけ早い段階で安心して業務を行えるようにしたい。そういう想いを持っている弁護士法人おかげさまでは、現場の「困った」「不安だ」「どうしよう」をすぐに相談ができる「おかげさま法務サービス」をご用意しました。
「おかげさま顧問弁護士サービス」の特長は以下の通りです。
●いつでもすぐに連絡してご相談いただけます
●電話、メール、どちらでもご連絡可能です
●ほんの些細な「困った」「不安だ」「どうしよう」でも承ります
●トラブルになりそうな予感がする時のご相談もお任せください
●経営者、施設長、職員どなたのご相談も承ります
●作成書類のチェックも行います
●全国で150を超えるご支援先の実績、知見があります
●当事務所は開業以来「介護福祉特化の弁護士法人」です
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