
運営指導は監査と異なり、通常実施前に実施日が通知されます。通常1か月ほどの時間があるため、その間に対策を練り、書類などの準備物を整えたりすることになります。通常業務をこなしながら対策を実施するので、さらに時間と労力、ストレスはかかります。この運営指導は“建前上は”任意の手続きであり拒否できますが、もし断れば行政から不審に思われ監査等に及びかねないため受けなければならないのが実態です。
指摘箇所が見つかると当然改善をせねばならないため、当日を終えても運営指導は終わりません。もし介護報酬返の返還沙汰になれば、利用者一人一人につき対象期間全ての確認がなされるため、計算に時間を要し数か月~1年間の長丁場になることすらあります。
運営指導を無事クリアするためには、日ごろから適切な運営を心がけることが大事です。ですが一方で、「直前対策」が全く無意味という訳でもありません。最後まで諦めない姿勢が重要です。
本コラムでは運営指導直前まで有効なチェックポイントや具体的対策、多くの事業所が見落としがちな落とし穴について解説します。
目次
お役所=「何でも書面」! こちらもとにかく書面化を
お役所仕事とは、時間と手間ばかりがかかり、融通が利かない公務員の仕事ぶりや、形式主義・前例主義に陥った非効率なやり方を皮肉って使う言葉ですが、運営指導=役所の業務はよくも悪くも書面主義です。さすがに最近は電子データも認められ、PCのデータを全部印刷するように命じる役所もなくなりました(はず)ですが、元となる書式、通達、記録が無ければ認められない世界であるということをまずは肝に銘じましょう。
「実態としてはしっかりやっていたのに、紙切れ1枚ないことから認められなかった」という悔しい思いをせずに済むよう、直前まであらゆるものを書面化していく意識が大切です。

例えば虐待防止の取組みの責任者。「誰が責任者ですか」と問われ、慌てて思い出し「えーと、そうだ施設長です(取りあえず何でも施設長と答えておけば大丈夫だろう…)」等としどろもどろに答えていませんか。担当官から「そのことが分かる書面を出して下さい」と言われたら…恐ろしいですね。
そんなときに備えて、「施設長○○を責任者に任命する」という理事長名義の辞令を作っておきましょう。一行のシンプルなもので構いませんが、理事長の代表印を忘れないでください(署名も押印もないと、責任者出ない人が偽造したと思われかねません)。
苦情解決委員を置く社会福祉法人などは、年間であがってくる苦情や要望等の記録が求められます。こうした日々の積み重ねを一日で作り上げ間に合わせることは難しいかもしれませんが、例えばメール等で飛び飛びで来ているものがフォルダにバラバラで保管されているのであれば、それらを一枚の紙にコピペして「苦情記録簿」として用意することです。「苦情対応はしっかりできていますか」と水を向けられて、「はいこれです」とサッと出せれば担当官の印象も良くなります。
手薄になりがちなのが「議事録」です。理事会や評議委員会等は元々形式ばったものなので昔から当然のように作成していますが、各種委員会についてはどうでしょうか。リスクマネジメント、事故検討委員会など怪しいかもしれません。
弊所では、こうした議事録や書式など、痒いところに手が届く雛形をまとめた資料庫(アーカイブサイト)のサービスを提供しております。
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介護記録の記入状況をチェックしよう
施設系の場合、日々の介護記録はどうしても同じようなことの繰り返しになりがちですが、ご利用者にしっかりケアを提供したことを示す最重要の証拠となるものですから、手を抜いてはなりません。例えば、ある施設の職員から「夜勤中は見回りをしても本当に書くことが無いときがあり、そういう時は書かなくて良いか」という質問を受けたのですが正直唖然としました。当然のことですが、「記録がない=何もしていない」と判断されます。行政をはじめ第三者は、決して性善説で良いように解釈してはくれません。2時間おきに巡回するのであれば、各ご利用者につき「特変なし」の一言殴り書きでも無いよりはマシです。
実際に起きたトラブルとして、2時間起きに巡視はしていたものの、その間にご利用者の容体が急変し、その直前の見守り時の状態がどうであったかが厳しく問い質された…ということもありました。日々実施したことは必ず記録してください。
ご利用者に書面作成の協力を求めて良い?
利用者や家族の同意書等も同様、ある程度直前のあがきでカバーすることは可能です。もっとも、これら日々の業務に関することについては普段の積み重ねが全てですので、夏休みの宿題のようにやっつけることはできません。例えば夜勤の記録が1か月分なかったとして、夜勤者全員で思い出して「〇月〇日、ご利用者A様は確か特変なかったはず」等と書いていくことはアウトです。私文書偽造になりかねませんので、こればかりは健康診断と同じく、じたばたしても仕方ないと割り切りましょう。

一方で、これはかなりグレーになってきますが、法的には問題ないと理屈付けられる手を一つこっそりご紹介しましょう。
「ある同意書が必要だったとして、サービス開始が1か月前だった。この場合ご家族に1か月前の同意書にサインを求めて問題ないか」という状況です。
これはギリギリセーフといえます。民法上、合意は原則として口頭でも成立するとされているところ、実際に合意したからこそ、そのサービスを利用していたという実績があり、遡ってその合意の事実を書面で確認することは事実に即しているといえるからです。
ですから、日付を当時に設定したものを作成し、「すみません、ご利用開始時に頂くべきものでしたが失念しておりました。こちらにサインか印鑑をお願いします」とお願いして回るということが直前対策として考えられます。勿論これは飽くまで「原則として」であって、例えば同意の対象となる実績が存在しない(ご利用者にリハビリや検査をすべきところ、していなかった)といった事情があれば、ご利用者側に不利益になることなのでサインを求めることは許されません。「飽くまで実態、現実に合わせ書面を整備しキャッチアップしているに過ぎない」という意識を忘れない様にしましょう。
なお期間については、例えば数年前等になってくるとご家族側の記憶なども曖昧になってくるため難しくなってきますが、そのあたりは程度問題といえます。

外部との打ち合わせ記録
外部のケアマネ、ご利用者家族や医療関係者など外部と打ち合わせをしたときの記録の注意点です。
例えば、打ち合わせの議題だけを記載した議題書のみ保管している場合、打ち合わせ内容が分からないため「実際にどんなことを話し合ったのか」と指摘が入る可能性があります。議題だけだと利用者の情報やケアに関する情報共有や伝達を適切に行えているか判断できません。そのため、打ち合わせの議事録を書く場合は、話し合った内容、決まったことなどを記録するようにしましょう。過去の議事録を見直し、詳細が記載されていないものに関しては、具体的な内容を追記できると良いのですが、都度外部機関に確認し、間違っても「その日は打ち合わせなんてしていませんよ」等と言われることの無いよう細心の注意を払う必要があります。
ケアプランなど、外部からの必要書類が欠けている場合も補充が必要です。もし「何度お願いしてもケアマネが出してくれない」という事情があれば、事業所として貰う努力をしたことを記録しましょう(「○月○日に電話、不在なので折り返しを依頼する。○日折り返しなし」等)。

職員研修、ここが見られる
虐待防止や法令遵守等の職員研修は定期的に実施しなければいけませんが、どんなに内容が充実していても実施した記録がなければ指導では実施したこととして認められません。レジュメだけ保管して見せるのではアウトです。
更に、この実施記録の取り方についても注意が必要です。例えば研修日時と内容を簡単に書いただけでは、第三者からみれば職員が本当に受講したのか確認できません。少なくとも研修当日の出席簿は必須です。研修を受けた職員から提出された感想やレポート、研修風景の写真や記録動画も残しておくと良いでしょう。これらの記録を揃えることでようやく、実施したと判断されます。ここまで読まれてもし「まずい」と感じた方は、今からでも受講者が誰か分かる記録を作成すべきです。勿論、嘘や誤りがあってはいけないことは言うまでもありません。「半年前の研修なので受講したかも覚えていない」という職員が一人でもいる場合は、無理やり受講したとすることはリスキーです。
また、研修に関して見落としがちなのが「新入社員向けの研修」です。例えば虐待防止については、新規に職員が入社した場合は、その方向けに都度研修を実施しないといけません。全体研修の時に受講させれば良いというわけではありません。この点もよく見落としがちなのでご注意頂きたいのですが、研修自体は「毎回誰かが講師となりライブで行わなければならない」といった縛りはないので、弊所ユーチューブチャンネルのをご活用ください。
「周知」の要件を侮るな!恐怖の現場抜き打ちテスト
身体拘束等ご利用者の人権保障のため重要な施策については、運営基準に「従業者に周知徹底すること」と書かれていることがあります。この要件はどのようにチェックされるかというと、ズバリ「抜き打ちテスト」です。運営指導でやって来た行政の職員は、まず現場フロアを巡回しますが、例えばそのときに現場にいた職員にスッと近寄り「身体拘束実施の3要件をご存知ですか」等と聞いてくるのです。職員が呼び出され質問されることもあります。いきなり聞かれた方はびっくりしてしまいますが、間違っても「そんなの聞いてません」等と答えさせてはなりません。文字通り「テスト」ではなく、間違ったからといって即アウトというものではないため、どうしても思い出せなければ「ごめんなさい、緊張してしまって思い出せません」等と正直に、しかし前向きな姿勢で答えるようにしましょう。
勿論理想は「はい、切迫性、非代替性、一時性です」とすらすら言えることです。受験対策ではありませんが、指導が近づいてきたらこうした要件をバックヤードやトイレに貼るようにしても良いかもしれません。ちょうどその張り紙が見えるところで尋ねられたらラッキーですね。
運営指導直前は、現場職員全員に多死「もしかすると尋ねられるかもしれない」と心の準備をするよう伝える必要があります。ほかにも「処遇改善加算のことを知ってますか」等飛んでくるかもしれません。 想定問答集を作り対策までできると安心です。

外部研修が未受講のときは
2024年4月から、無資格で介護業務に直接携わる職員に対して「認知症介護基礎研修」の受講が義務化されました。こうした必須研修について普段の業務が忙しく、全員が受講できていない場合があります。
ただこれも、運営指導が実施される当日までに受講完了できれば問題ありませんので、諦めずに今からでも受講させてください。eラーニングで受講できれば、前日でも十分可能です(ただし、法定の受講期限を徒過してしまった場合はさすがに認められません)。
できるだけ普段から受講必須の研修を把握し、計画的に受講が完了するようにするのが望ましいことは言うまでもありません。
「BCPは、一応ある。」その中身が問題!
令和6年4月1日よりBCP策定が法的に義務化されました。運営指導では感染、災害の両方について必ずBCPを策定しているか確認されます。BCPそのものが無いというのは論外ですが、出来ていたとしても、基準を満たしているかが確認されます。それは、何十ページもある分厚いものであれば良いというものではなく、運営基準所定のBCPに盛り込まなければならない3要件を満たしているか否かです。多くの事業所はネット上の無料雛形等をダウンロードして活用していることと思いますが、厚労省のものであれば問題ありませんが3要件のうち一つが欠落している可能性があります。特に「地域との連携」等が中身も含めて書かれていなければアウトになりますので気を付けてください。
なおこの3要件については、弊所ユーチューブで詳しく解説しており、雛形も販売しています(https://kaigo-trouble.com/bcp_lp/)のでご活用ください。雛形は事業所名さえ入れれば完成する実戦的なものです。
契約書にご家族サインはある。更新についてはどうか?
利用者との契約を更新するとき等も、利用者や利用者家族から署名をもらう必要があります。しかし、この更新の署名を忘れている場合があります。そうなると、利用者と契約が成り立っていないことになりかねず指摘対象になります。運営指導前に契約書の再確認をし、未実施の場合は運営指導当日までに署名をもらうようにしましょう。 その他、身元保証人が死亡したにも拘わらず放置されている等、アップデートされていない書類があれば対応が必要です。もし「他に身寄りがなく身元保証人を付けられない」といった事情があるのであれば、そのことを簡単にメモ書き印刷してファイルに差し込んでおきましょう。
その他ご利用者と取り交わす書面については、基本的なことですが「契約書と重説の内容が一致していない」というミスが散見されます。連帯保証や苦情対応、事故対応について等齟齬が無いように今一度確認しましょう。中身については、ここでは一つだけ挙げますが「重説に虐待防止の取組みが書かれているか」をチェックしてください。

職員の勤怠記録やシフト表
適切な人員配置を確認するための職員の勤怠記録、シフト表も必ず準備しましょう。たとえ適切に人員配置を行えていたとしても、勤怠記録やシフト表に不備があったり、記録に抜け漏れがあると、適切にやっていないと判断されかねません。
勤怠記録、シフト表が全て揃っているか、記載内容に抜け漏れが無いかを必ず確認し、抜け漏れがある場合は運営指導当日までに正しい記録に修正しましょう。ただし、勿論実態に即していることが前提です。「この日は事情があってどうしても人を揃えられなかったが、一日だけだからバレないだろう」等と記録をいじってはいけません。
行政は「過程」「姿勢」をよく見ている
行政は結果だけを確認せず、必要なことを本当に実施したかを確認するために「過程」に注目します。議事録やカンファレンス記録など、この「過程」に関するところを省略せずに見える化するようにしましょう。
また、万一不備があっても「適切に対応しようとしているか」も重視します。例えば先に挙げた外部ケアマネがケアプランを出してくれないとき、その他法改正に対応した取り組み実施が不十分だったとしても「現在、是正するために取り組み中です」と示すのと「改善に向けた行動を何もしていません。間に合いませんでした」と開き直るのとでは、心証が全く違います。行政の担当者も人の子なので、たとえ不備が残っていても、どのような「姿勢」なのかで評価も変わってきます。そして、最初にお示ししたように行政は書面主義であり、一にも二にも書面が見られます。
この行政の特性を理解した上で運営指導対策に取り組んでみてください。

直前対策は可能だが限界も…普段から意識を高めよう
運営指導直前の対策は無駄ではありませんが、やはり「最後のあがき」である以上限界はあります。過去の研修実施状況の見直し、外部との連携、勤怠情報の収集などを行うには時間と労力がかかります。出来るだけ直前対策でのタスクは増やさないほうが良いでしょう。
健康診断と同じで、日常生活の積み重ねが全てです。普段の業務の中で、ミスや不備が無いよう職員を教育しましょう。さらに定期的に内部監査等を行うようにすると、いざ本番の運営指導が来ても落ち着いて対応できます。

運営指導前のチェックを第三者視点で行うなら介護・福祉に特化した弁護士がおすすめ
運営指導は行政が実施するため、特有の癖や着眼点があり、それは現場出身の方ではなかなか難しいと言えます。勿論自力で実施することもできますが、法改正やルール変更が発生していた場合に未対策、見落としが発生する危険性があります。
より確実な対策を実施したいときは、弁護士の力を活用するのが良いでしょう。介護・福祉に特化した弁護士は、運営指導対策経験が豊富であることが多く、指導後の行政の出方(しかも最悪を想定した)から逆算したアドバイスができます。
当事務所は、介護・福祉・医療に特化した弁護士法人であり、運営指導対策の経験も豊富にございます。また、当事務所は介護・福祉・医療分野におけるトラブル解決コラムを定期的に発信しておりますので、ぜひコラムをご覧ください。

弁護士外岡 潤
弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)
2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。
ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。











