絶対やるな!書類の不正(前編)~刑事罰や「事業停止」のリスクも~

カテゴリ
運営指導 監査対策
公開日
2025.10.16
絶対やるな!書類の不正(前編)~刑事罰や「事業停止」のリスクも~

適正な運営を実施しているかを行政がチェックする運営指導。

この運営指導を「書類チェック」や「形式的な手続き」と捉えている事業所もありますが、その認識は大きな間違いです。役所から来る担当官は一つ一つのファイルや書面に目を光らせ、特にご利用者に関する計画書や記録、職員の勤務状況などに齟齬や不正が無いかチェックしています。

このテストで万一不正が発覚した場合、事業所は単なる指導で済まされず、最悪の場合、事業の継続が不可能になる「指定取消」という経営危機に立たされます。特に、書類の改ざんや偽造といった不正行為は、事業所全体の信頼性を根底から揺るがす、最も危険な行為です。目の前の書類に細工をするだけで不備を隠すことができるため、苦し紛れに書類の改ざんや偽造をするケースが発生しがちです。

筆者はこれまで弁護士として多くの事例を見てきましたが、一度不正に手を染めると、その悪循環から抜け出すことは非常に困難になります。本コラムでは、介護福祉事業所が陥りがちな書類の不正とその法的リスクについて、事例を交えながら詳細に解説します。自らを危険な状態に追い込まないよう、知っておいて頂きたい情報をまとめましたので、是非ご一読ください。

書類の「改ざん」と「偽造」の違い

まず、よくニュース等でも見聞きする「書類改ざん」と「書類偽造」の違いを確認しておきましょう。簡潔に言うと、改ざんは「本物をいじる」ことで、偽造は「偽物を作る」ことです。どちらも法的には重い罪に問われる可能性があり、事業所の信頼性を著しく損なう行為です。

適用される刑罰:私文書偽造罪、私文書変造罪

刑法第159条

1 行使の目的で、他人の印章若しくは署名を使用して権利、義務若しくは事実証明に関する文書を偽造し、又は他人の文書を変造した者は、3年以下の懲役に処する。

2 自己または他人の印章若しくは署名を使用して前項の文書を偽造した者も、同項と同様とする。

 

書類改ざんとは、既に存在する真正な書類の内容を、権限なく不正に修正する行為です。元の書類自体は本物ですが、その記載内容が事実と異なるように変更されます。

(具体例)

・介護記録のサービス提供時間を、後から書き換える。

・勤怠記録の勤務時間を、実際よりも少なく修正する。

・契約書の一部の文言や金額を、相手の同意なく変更する。

書類偽造とは、存在しない、あるいは真正ではない書類を、本物であるかのように一から作成する行為です。書類自体が虚偽であり、実態を伴いません。

(具体例)

・介護サービスを提供していないにもかかわらず、架空の介護記録を作成する。

・本人の同意なく、契約書に利用者の署名や捺印を代筆する。

・存在しない社員の勤務実績を記した勤怠記録を作成し、人員配置を満たしているように見せかける。

書類改ざんと書類捏造について

実際に起きた書類改ざん事件

①利用者や家族にサービス内容の説明などせず同意書の署名を偽造

山梨県昭和町西条の訪問介護事業所で、実際には行っていない訪問介護サービスの報酬の不正請求、利用者や家族にサービス内容などを説明しないままに同意書の署名を偽造したことで指定取り消し処分となった。(ニュース記事についてはこちらから)

 

②実際には提供していない訪問介護サービスを提供したように見せるために記録を偽造

大阪市で訪問介護を行うヘルパーステーションで、役員の指示により実際には提供していない訪問介護サービスを提供したように記録を偽造し、約200万円の不正受給を行っていた。これにより半年間全てのサービス停止の行政処分が下くだされた。(ニュース記事についてはこちらから)

 

③人員配置を満たしているように見せるために職員の勤務表や契約書を改ざん

大分県別府市のデイサービスで職員の勤務表や契約書を改ざんし、職員の数が基準を満たしていないのに満たしているように見せて不正受給をしていました。事務員の職員を介護職員として扱い、人数合わせをしていた。最終的に運営会社は破産手続きを行った。(ニュース記事についてはこちらから)

 

④介護老人保健施設の医師の配置についてうその記録を作成

香川県高松市にある介護老人保健施設で、医師の配置についてうその記録を作成し、介護報酬を不正請求していた。(ニュース記事についてはこちらから)

 

書類不正に関係する3つの法律

介護福祉事業所における書類の不正は、冒頭でみた私文書偽造等の刑法犯にはとどまりません。それは、複数の法律に違反する重大な違法行為であり、事業所の存続を脅かす深刻なリスクを伴います。特に、以下の3つの法律は、書類の不正と深く関わっています。

書類不正に関係する3つの法律

①介護保険法

介護保険法は、介護事業所の運営を司る最も重要な法律であり、介護保険法令は質の高い介護サービスを適正に提供するために、厳格なルールを定めています。書類の不正は、この根幹をなきものにする行為です。

最も典型的な不正は介護報酬の不正請求です。介護記録やサービス提供記録を改ざん・偽造して、提供していないサービスや水増ししたサービスを請求する行為がこれに当たります。例えば、訪問介護で30分のサービスしか提供していないのに、1時間分の介護報酬を請求するために記録を書き換えるといったケースです。

このような不正が発覚した場合、事業所には不正に受け取った介護報酬の全額返還に加え、さらに40%の加算金が科されます。また、行政は不正の悪質性を判断し、指定の取消という最も重い行政処分を下すことがあります。指定が取り消されると、事業所の運営は即座に停止となり、事実上の廃業に追い込まれます。

②労働基準法

介護福祉事業は、いうまでもなく職員の労働力によって成り立っています。労働基準法は働く人々の権利を守るための法律であり、介護事業所も例外ではありません。書類の不正は、この法律に違反し、職員の信頼を失う行為です。

勤怠記録や賃金台帳の改ざんは、介護事業所で頻繁に見られる不正です。昨今の採用難の影響もあり、現場で人員配置基準を満たすために、本来は不在の職員を勤務扱いにしたり、職員の残業時間を過少に記録したり、サービス提供時間に合わせて勤務時間を操作したりすることがあります。

このような不正が発覚した場合、事業所は労働基準監督署による是正勧告介護報酬の返還の対象となります。労使トラブルに発展するリスクも伴い、職員の信頼を失い、離職率が上昇すれば、事業所の運営はさらに困難になります。

③社会福祉法

社会福祉法人は、非課税であり社会の公器としての役割を求められるところ、法令遵守についても厳しい制約が課せられています。

第百三十三条

評議員、理事、監事、会計監査人若しくはその職務を行うべき社員、清算人、民事保全法第五十六条に規定する仮処分命令により選任された評議員、理事、監事若しくは清算人の職務を代行する者、第百三十条の二第一項第三号に規定する一時評議員、理事、監事若しくは理事長の職務を行うべき者、同条第二項第三号に規定する一時清算人若しくは清算法人の監事の職務を行うべき者、同項第四号に規定する一時代表清算人の職務を行うべき者、同項第五号に規定する一時清算法人の評議員の職務を行うべき者又は第百三十条の三第一項第二号に規定する一時会計監査人の職務を行うべき者は、次のいずれかに該当する場合には、二十万円以下の過料に処する。ただし、その行為について刑を科すべきときは、この限りでない。

五 定款、議事録、財産目録、会計帳簿、貸借対照表、収支計算書、事業報告、事務報告、第四十五条の二十七第二項若しくは第四十六条の二十四第一項の附属明細書、監査報告、会計監査報告、決算報告又は第五十一条第一項、第五十四条第一項、第五十四条の四第一項、第五十四条の七第一項若しくは第五十四条の十一第一項の書面若しくは電磁的記録に記載し、若しくは記録すべき事項を記載せず、若しくは記録せず、又は虚偽の記載若しくは記録をしたとき。

このような罰則が、刑法上の私文書偽造罪とは別に課されることになります。

例えばどんな書類不正があるのか?

介護福祉における書類不正の事例は以下の通りです。

●記録の改ざん

介護記録は、サービス提供の事実を証明する最も重要な書類の一つです。ここに虚偽の記載をすることは、存在しないサービスを提供したかのように見せかける「架空請求」や、実際よりも多くの時間をサービスに費やしたと偽る「水増し請求」に直結します。 例えば、訪問介護事業所で、1時間のサービス提供を2時間と偽って記録したり、提供していない入浴介助を記録したりするケースです。これらの行為は、介護保険法第22条(不正利得の徴収)や第77条(指定の取消し等)に違反し、厳しい処分が待ち受けています。

●ケアプランの改ざん

ケアプランは、利用者の生活目標とサービス内容を定めた「設計図」です。このケアプランを、実際に行われたサービスに合わせて事後的に改ざんすることは、適切なアセスメントに基づいた計画的なサービス提供が行われていなかったことを意味します。行政は、この行為を「サービスの質の担保を怠った」と判断し、不正請求と見なすことがあります。

●ケアマネによる「代筆」契約

「利用者が高齢で文字が書けないから」という理由で、ケアマネジャーが利用者の代わりに契約書に署名捺印をするケースが現場ではしばしば見られます。しかし、これは法的に無効な行為であり、利用者との合意がないまま契約を締結したことになりかねません。

さらに悪質な場合、ケアマネジャーが利用者や家族の了承を得ずに同意書や居宅サービス計画書の同意署名を偽造するケースも散見されます。このような行為は、介護保険法上の不正だけでなく、後述する有印私文書偽造罪に該当する可能性があり、刑事罰の対象にもなり得ます。

●勤怠記録・賃金台帳の改ざん・賃金未払い

労働基準法では、事業主は労働時間を正確に把握し、その記録に基づいて賃金を支払うことが義務付けられています。しかし、人件費を抑えるために、勤怠記録を改ざんする事業所が存在します。

タイムカードの「不正打刻」

職員に「残業時間分はタイムカードを打刻しないように」と指示したり、管理者が勝手にタイムカードの時間を修正したりするケースです。これにより、職員は労働時間に見合った賃金を受け取ることができず、未払い賃金が発生します。 運営指導では、この賃金台帳を勤怠記録やシフト表と照らし合わせることで、不正を徹底的にチェックします。もし不整合が発見された場合、行政は労働基準監督署と連携し、別途立ち入り調査が行われることもあります。賃金台帳の不正は、労働基準法第24条(賃金の支払)や第37条(時間外、休日及び深夜の割増賃金)違反となり、罰金懲役といった刑事罰の対象になります。

●シフト表の偽造・人員配置基準違反

介護サービスの種類によっては、職員の配置人数が厳格に定められています。人員配置基準を満たすと見せかけるために、実際には勤務していない職員の名前をシフト表に記載したり、パートタイム職員の勤務時間を水増ししたりする不正が行われることがあります。 しかし、運営指導では、シフト表と実際の勤怠記録、さらには介護記録(誰がいつサービスを提供したか)を突き合わせることで、この不正を見抜きます。人員配置基準違反は、介護報酬の返還や、悪質な場合は指定の取消しにつながる重大な問題です。

その場しのぎのつもりが、嘘に嘘を重ねることに

書類の不正は、その場限りの問題解決策のように思われがちですが、実際には「その場しのぎ」が長期にわたる深刻なリスクの連鎖を引き起こします。一度不正に手を染めると、それを隠すためにさらなる不正を重ねるという悪循環に陥り、最終的には事業所の存続を脅かす事態に発展します。不正は、まさしく尾を引くのです。

不正が尾を引く最大の理由は、整合性の問題です。運営指導では、書類単体でなく、複数の書類を相互に照らし合わせてチェックします。例えば、勤怠記録を改ざんして残業時間を少なく見せかけても、給与明細やシフト表、さらには介護記録と整合性が取れなくなります。その不整合を隠すために、今度は給与明細やシフト表を改ざんする必要が生じ、不正の範囲と関与者が拡大していきます。このように、一つの不正を隠すために、次々と別の書類を操作するという負のスパイラルに陥ってしまうのです。

一度の不正が更なる不正を生む

さらに、不正は組織風土を破壊します。経営層や管理職が不正を容認したり、指示したりする環境では、「正直者が馬鹿を見る」という意識が職員の間に蔓延します。これにより、真面目に働く職員のモチベーションは低下し、倫理観の低い職員だけが事業所に残るという最悪の状況を招きかねません。不正が日常化すれば、職員は利用者本位のサービス提供よりも、不正の隠蔽を優先するようになり、サービスの質は著しく低下します。

不正が組織を破壊する

最終的に、この悪循環は行政指導によって断ち切られます。書類の不整合や、職員からの内部告発により不正が発覚した場合、行政は過去に遡って厳格な調査を行います。その時、過去の不正の記録が次々と明るみに出ることで、事業所は不正請求の返還や加算金の支払いに加え、指定の取消といった重い処分を免れることはできません。その場しのぎの不正は、いつか必ず露呈し、その代償は想像を絶するほど大きくなることを、事業者は心に刻むべきです。

人材不足は不正を招きやすい

介護福祉業界における深刻な人材不足は、書類不正の大きな要因の一つです。職員一人あたりの業務量が増加し、過重労働が常態化すると、記録や事務作業に十分な時間を割くことが難しくなります。このような状況下では、「手抜き」や「その場しのぎ」の不正が発生しやすい環境が生まれてしまいます。

まず、過重な業務負担が、書類の記載漏れやミスを誘発します。職員は日々のサービス提供に追われ、記録に時間をかける余裕がなくなります。結果として、後からまとめて記録を作成したり、記憶が曖昧な状態で虚偽の記載をしてしまったりするリスクが高まります。

このような状況は、意図的な不正ではなく、やむを得ない状況から生じるものですが、だからといって看過して良いことにはなりません。「これぐらい許されるだろう」という軽い気持ちが、いつしか定常化し職員の倫理観を麻痺させます。

次に、人員配置基準の偽装です。人材不足が深刻な事業所では、法律で定められた人員配置基準を満たすことが困難になる場合があります。行政指導で指定取り消しなどの重い処分を避けるために、実際には勤務していない職員をシフト表に記載したり、パートタイム職員の勤務時間を水増ししたりといった不正が行われます。これは、「事業を存続させるため」という歪んだ目的のもとに行われる不正であり、その背後には、人材を確保できない経営者の焦りや苦悩があります。人材不足を書類不正で乗り切ろうとする安易な選択は、事業所の未来を閉ざすことにつながることを、事業者は肝に銘じるべきです。

採用難の影響がこんなところにも⋯

弁護士の専門知識が、あなたの事業を守る最後の砦となる

このコラムでは、書類の不正がなぜ危険なのか、そしてその不正がどのような法律違反につながるのかについて解説しました。不正は、一時的な安易な解決策に見えても、最終的には事業の存続を脅かす事態へと発展しかねません。

書類の不正は、決して他人事ではありません。ひとたび不正に手を染めると、その悪循環から抜け出すのは非常に困難です。不正の兆候を感じた、あるいはすでに自社で不正を発見してしまった場合は、一刻も早く専門家に相談してください。当事務所は、介護・福祉・医療に特化した弁護士法人として、皆さんの事業が直面する法的リスクを正確に分析し、適切な対応策を提示します。

当事務所は「現場に寄り添う」ことをモットーに、事業所の皆さまとともに解決策を探しますので、お気軽にご相談ください。

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この記事を書いた人
代表弁護士 外岡潤

弁護士外岡 潤そとおか じゅん

弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)

2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。

ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。

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