
前回のコラムで解説した通り、書類の不正は事業所にとって命取りとなります。しかし、問題は「不正が起きるか否か」だけではありません。たとえ不正の意図がなくても、日々の業務のなかで書類に不備が生じることはあり、その対応を誤ると事業所は信頼を失い、行政から厳しい処分を受けるリスクに直面します。
行政の運営指導は、事業所の運営実態を隅々まで見抜きます。特に書類の不整合は、不正の存在を疑われるきっかけとなり、一度疑いの目を向けられるとそこから抜け出すのは容易ではありません。行政は怪しいと感じたら徹底的に攻めてきます。
本コラムでは、運営指導の際にどのように書類不正が見抜かれるのか、そして、不正や不備を未然に防ぎ、万一の場合に適切に対応するために、事業所が取るべき行動について解説します。ご利用者の生活、人生に関わる事業であるため、常に健全な運営を続けられなければいけません。ぜひ本コラムを参考にしていただければと思います。
目次
行政はこうやって書類不正を見抜く
行政は運営指導において、書類の不正を複数の方法で見抜きます。単一の書類だけを見るのではなく、複数の書類を相互に照らし合わせ、不自然な点や矛盾がないかを詳細にチェックするのが基本的な手法です。
①複数の書類の整合性チェック
最も効果的な方法です。行政は、以下のような書類間の整合性を確認します。
●介護記録と勤怠記録・シフト表
介護記録に記載されたサービス提供時間と、職員の勤怠記録やシフト表の勤務時間が一致しているかを確認します。例えば、介護記録に「午後8時まで勤務」とあるのに、勤怠記録が午後6時で終わっている場合、虚偽の記録であると疑われます。また、夜勤帯に記録されたサービスが、シフト表に記載された夜勤職員によって提供されているかをチェックし、人員配置基準の偽装がないかを見抜きます。
●介護記録と介護報酬請求書
介護記録の内容(サービスの種類、回数、時間)と、実際に国保連(国民健康保険団体連合会)に提出された介護報酬請求書の内容が一致しているかを確認します。介護記録にないサービスが請求されていれば、不正請求と断定されます。

書類の内容自体に不自然な点がないかを精査します。
●均一な筆跡
異なる日付や異なる職員の記録が、すべて同じ筆跡で書かれている場合、管理者など同一人物がまとめて記載したと疑われます。
●短時間での複数の記録
訪問介護の記録で、移動時間を考慮すると物理的に不可能なスケジュールが組まれている場合(例:5分で遠方の2軒の訪問を終えているなど)、記録が捏造されたものだと判断されます。
●不自然な変更
修正液の使用や、不自然な追記、意図的に塗りつぶされた箇所がないかを細かく確認します。
②関係者へのヒアリング
書類だけではわからない実態を把握するために、関係者へのヒアリングを実施します。
●利用者・家族へのヒアリング
利用者が受けたサービス内容や時間について、介護記録の内容と相違がないかを確認します。例えば、「週3回の入浴介助」と記録にあるのに、利用者が「入浴は週1回しかしていない」と答えれば、不正が発覚します。
●職員へのヒアリング:
勤務実態、残業代の支払い状況、日々の記録方法などについて職員に直接質問します。この際、口裏合わせを防ぐために個別に行われることが多いです。
職員が、匿名で不正を告発することで不正が発覚する場合もあります。
これらの手法を組み合わせることで、行政は書類上の矛盾点や不自然な点を多角的に洗い出し、不正行為を見抜きます。

アナログな記録は不正がしやすい
介護福祉事業所における書類の不正は、特に紙媒体でのアナログな記録方法に潜むリスクと密接に関係しています。デジタル化が進む現代においても、手書きの記録が主流である事業所は少なくありません。しかし、その手軽さがゆえに、不正行為の温床となりやすい側面があるのです。アナログな記録の最大の問題点は、改ざんや偽造の痕跡を簡単に消せてしまう、あるいは見えにくくしてしまう点にあります。例えば、修正液や二重線を使って記録を修正すれば、元の記載内容を判別することは困難になります。また、管理者や特定の職員が、自分たちの都合のよいように後からまとめて介護記録を作成することも容易です。日付を遡っての記録捏造も、手書きであれば物理的に簡単にできてしまいます。
さらに、紙の記録は情報が分散しやすく、管理体制が甘くなりがちです。個々の職員が持ち場に記録用紙を置いたままにしたり、施錠されていないキャビネットに保管したりすれば、第三者による不正なアクセスや持ち出し、そして改ざんのリスクが高まります。運営指導では、書類の管理状況もチェックの対象となりますが、物理的な管理の限界を突いた不正は、発見が非常に困難になることもあります。

このようなアナログな不正の背景には、介護記録の重要性に対する認識の甘さがあります。紙の記録は、単なるメモではなく、介護報酬請求の根拠であり、利用者と事業所の間の契約を証明する法的文書です。その取り扱いが杜撰であれば、不正が容易に発生するだけでなく、万が一のトラブルの際に、事業所の正当性を証明できなくなってしまいます。アナログな記録方法を採用している事業所は、手書きゆえの「改ざんの容易性」と「管理の煩雑さ」というリスクを深く理解し、厳格な管理体制を構築しなければなりません。例えば、記録用紙には連番を振り、使用済み・未使用に関わらず枚数を厳密に管理する、修正は二重線と訂正印を必ず使用する、そして何よりも、すべての記録を管理者が定期的にチェックするといった地道な取り組みが不可欠です。デジタル化が進む現代においても、アナログな記録方法に潜むリスクを軽視してはなりません。
デジタルを活用して不正しにくい環境を作る
介護福祉業界における書類の不正は、アナログな記録方法に潜むリスクと密接に関係しています。しかし、近年普及が進む介護ソフトやデジタルツールは、この不正のリスクを大幅に低減し、健全な事業運営を可能にする強力な「武器」となります。デジタル化は、単なる業務効率化に留まらず、コンプライアンスを強化する上で不可欠な要素なのです。
デジタルツールが不正を難しくする最大の理由は、情報の透明性と履歴の自動記録にあります。紙の記録では、修正液や上書きによって改ざんの痕跡を簡単に隠すことができますが、多くの介護ソフトでは、いつ、誰が、どのデータを修正したかという変更履歴(ログ)が自動で保存されます。これにより、不自然な記録の変更や、さかのぼっての記録捏造を客観的に証明することが可能になります。運営指導でこのログがチェックされれば、不正行為は即座に明るみに出ます。
また、デジタル化はアクセス権限を厳格に管理することを可能にします。紙の書類は、物理的にキャビネットに保管されていても、鍵さえあれば誰でもアクセスできてしまいます。しかし、デジタルシステムでは、職員ごとに閲覧・編集・削除といった権限を細かく設定できます。例えば、介護記録の入力はすべての職員に許可する一方で、過去の記録の修正は管理者のみに限定するといった運用が可能です。これにより、意図的な不正だけでなく、不注意による記録の破損や削除も防ぐことができます。
さらに、複数の情報の一元管理と自動連携も不正防止に貢献します。介護ソフトでは、介護記録、勤怠記録、シフト表、介護報酬請求データなどが一つのシステム内で連携されています。これにより、記録間で矛盾が生じた場合、システムが自動的に警告を発することがあります。例えば、勤怠記録上の勤務時間と介護記録のサービス提供時間が大きく乖離している場合、アラートを出す機能を持つソフトもあります。こうした連携機能は、人手によるチェックでは見逃されがちな不整合を浮き彫りにし、不正の芽を摘むのに役立ちます。
デジタル化は初期投資や職員の習熟に時間とコストがかかりますが、その投資は、将来的に不正がもたらす事業停止という致命的なリスクを回避するための、最も確実な投資と言えます。デジタル技術を積極的に活用し、透明性の高い、不正の入り込む余地のない強固な運営体制を築くことが、これからの介護福祉事業所の生き残りの鍵となるでしょう。

不備があった場合は是正する姿勢を見せること
人間が行う仕事ですから書類に不備がある、意図せず不正な書類になるということも発生します。その場合はすぐに是正しましょう。
例えば施設において、「外部のケアマネがケアプランを出してくれない」というように、外的要因で書類が揃わないこともあります。その場合は決して書類を偽造するのではなく、ケアマネへ何度も働きかけケアプランを出すように取り組むのが常道です。是正しようとしている取り組みを記録しておくことで、万一書類の不備で行政から指摘があっても適切な対応をしようと試みていることで、厳しい指導は免れることが期待できます。もちろん、そのような試みをしたことを記録しておかなければなりません。
書類不正を発見したらどうすべきか
自らの事業所で書類の不正を発見した場合、その後の対応が事業所の命運を分けます。まず、絶対に避けるべきは、その事実を隠蔽しようとすることです。不正を隠蔽しようとする行為は、さらなる不正を引き起こすだけでなく、行政や関係者からの信頼を決定的に失わせます。行政は、不正そのものよりも、その後の隠蔽工作をより悪質と判断することが多いのです。
不正を発見したら、まずは冷静に事実関係を特定することが最優先です。どの書類の、どの部分が、いつ、誰によって不正に操作されたのかを正確に把握します。事実関係を特定した後は、迅速に行政(都道府県や市町村)に自主的な報告を行うことが重要です。不正を発見したにもかかわらず、隠蔽したまま運営指導を迎えた場合、その不正が発覚した際のペナルティはより重くなります。一方、自ら行政に報告し、再発防止策を含む是正計画を提示すれば、行政は事業所の誠実な姿勢を評価し、処分が軽減される可能性があります。

故意ではない書類不備を発見したとき
書類の不備は、すべてが故意によるものではありません。職員の単純な記載ミス、知識不足、あるいは多忙による記載漏れなど、過失による不備も多く存在します。運営指導でこのような不備が指摘された場合、その対応を誤ると、不必要に行政からの信頼を失いかねません。故意ではない不備を発見した際の対応は、「原因の究明」と「再発防止」の2つに集約されます。
まず、不備の背景にある原因を徹底的に分析します。なぜその不備が発生したのか?それは職員個人の問題か、それとも組織的な問題か?原因を正確に把握することで、的外れな対策を講じることを避けられます。次に、その原因を解消するための具体的な再発防止策を策定し、迅速に実行します。例えば、記載ミスや漏れが多いのであれば、チェックリストを作成し、ダブルチェック体制を構築するといった対策です。行政は、事業所が不備を単なるミスと捉えずに、組織全体の課題として解決しようとする姿勢を高く評価します。故意ではない不備の発見は、事業所の運営体制を改善する絶好の機会と捉えましょう。

職員のコンプライアンス教育は重要
介護福祉事業所における書類の不正を防止する上で、職員のコンプライアンス教育は、決して軽視できない重要な要素です。どんなに優れた管理システムや厳格なルールを導入しても、それを運用する職員一人ひとりの意識が低ければ、不正は必ず発生します。コンプライアンス教育の目的は、単に「不正をしてはいけない」と伝えることではありません。それは、法令遵守がなぜ重要なのか、不正がどのようなリスクを招くのか、そして利用者と自分自身を守るためにどう行動すべきかを、職員自身に深く理解させることです。
まず、研修の継続性が重要です。一度きりの研修では、知識は定着しません。定期的に研修を実施し、最新の法令改正情報や過去の不正事例を共有することで、職員のコンプライアンス意識を常に高いレベルに保つことが必要です。研修は、座学だけでなく、グループワークや事例検討会を組み合わせることで、職員が主体的に考え、議論する機会を設けることが効果的です。次に、不正の芽を摘むための教育です。「このくらいなら大丈夫だろう」という安易な考えが、不正の入り口となります。コンプライアンス教育では、書類の記載漏れやケアプランの軽微な修正といった、一見すると「小さな不備」が、どのようにして重大な不正へとつながっていくのかを具体的に示すことが重要です。実地で不正がないかチェックし、適切なタイミングで指導するためにも内部監査を実施することが効果的です。
最後に、職員が安心して相談できる環境づくりです。職員が不正行為を目撃したり、不当な指示を受けたりした場合に、それを相談できる内部通報窓口を設けることは非常に重要です。不正を促すような空気や、上司によい報告をしたいがために数字を粉飾するといった慣行を排していきましょう。

不正に対する行政の監視は一層厳しく
介護福祉事業所に対する行政の監視は、今後さらに厳格になる可能性があります。その背景には、不正請求やサービスの質の低下が社会問題として認識され、国民の関心が高まっていることがあります。近時実地指導が「運営指導」に改められ一件あたりの所要時間短縮のためチェックポイントも特定されましたが、その分当たり前のことができていなかったり事業遂行の信頼を台無しにするような不正があれば、立ちどころに見抜かれるでしょう。行政は、不正を未然に防ぎ、健全な介護保険制度を維持するために、監視体制を強化する動きを加速させていくことが予想されます。
過去のコラム「○○」で解説した通り違反をしたときの行政罰(ペナルティ)としては一時的な受け入れ停止など幾つか段階がありますが、最悪「連座制」という、グループ内の全事業所が閉鎖を余儀なくされるという可能性も0ではありません。間違ってもそのような違反体質にならないよう、忙しいときこそ内部点検を怠らないようにしたいものです。
不正を防ぐために、顧問弁護士を活用する選択肢
このコラムでは、行政の監視の目や、書類不正を防ぐための具体的な対処法について解説しました。最も重要なのは、不正が起きない強固な体制を築き、万一の事態に備えることです。適切なコンプライアンス教育やデジタルツールの導入は、あなたの事業を守るための最良の投資となります。
しかし、日々の業務に追われる中で、自力で適切な体制を構築することは容易ではありません。弁護士は、再発防止のためのコンプライアンス体制構築においても、専門的な視点から強力なサポートを提供します。
当事務所は「介護弁護士」として介護・福祉・医療の現場が抱える課題を深く理解しています。健全な事業運営を目指す皆さまを、専門的な視点からサポートしますので、お気軽にご相談ください。
また、当事務所は介護・福祉・医療分野におけるトラブル解決コラムを定期的に発信しておりますので、ぜひコラムをご覧ください。

弁護士外岡 潤
弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)
2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。
ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。







