【前編】介護経営を守る「最強の盾」 ~ハラスメント対策と問題職員への対応~

カテゴリ
問題職員対策
公開日
2026.07.02
【前編】介護経営を守る「最強の盾」 ~ハラスメント対策と問題職員への対応~

【前編】介護経営を守る「最強の盾」 ~ハラスメント対策と問題職員への対応~

おかげさまです、武田です。

私はこれまで、大手法律事務所、外資系法律事務所、事業会社の法務部門、そして現在の介護・福祉分野の顧問業務と、様々な立場から組織運営を見てきました。

その中で痛感しているのは、「介護事業は人で成り立つ事業である」という極めてシンプルな事実です。介護事業所の最大のコストは人件費です。しかし、人件費は単なるコストではありません。優秀な職員は事業所の利益を生み出す資産であり、逆に問題職員やハラスメントを放置すると、組織全体の生産性を大きく毀損します。

実際に私がご相談を受ける案件でも、「利用者対応」よりも「職員対応」が原因で経営が不安定になっているケースは少なくありません。

本稿では、介護経営を守るための「守りの労務」について解説したいと思います。

介護経営を守るための「守りの労務」について解説

経営者は職員の安全に配慮しなければいけない

労働契約法第5条には、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と定められています。これを安全配慮義務と呼びます 。

介護現場におけるこの義務には、怪我の防止だけでなく、パワハラ・セクハラ・カスハラから職員の心身を守ることも含まれます。これらを放置し、職員がメンタルヘルス不調に陥ったり離職したりした場合、事業所は多額の損害賠償責任を問われるリスクがあります 。

法的なリスクを回避し、職員が安心して働ける環境を整えるために、経営者は以下の3点を徹底する必要があります。

①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

就業規則等に「ハラスメントは一切許さない」という方針を明文化してください 。単に規定を作るだけでなく、研修や朝礼等を通じて、何がハラスメントに該当するのか、加害者にはどのような処分が下されるのかを職員や利用者に周知し、啓発することが重要です 。

②相談(苦情を含む)に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備

職員が被害にあった際、すぐに声を上げられる相談窓口を設置してください 。窓口担当者が適切にヒアリングできるようマニュアルを整備し、「相談しても無駄だ」「不利益な扱いを受ける」と思わせない、信頼される体制作りが求められます 。

③職場におけるハラスメントに係る事後の迅速かつ適切な対応

問題が発生した際は、事実関係を迅速かつ正確に確認し、被害者への配慮(配置転換やメンタルケア等)と加害者への厳正な対処(就業規則に基づく懲戒処分等)を速やかに行ってください 。対応の遅れは、安全配慮義務違反の判断において極めて不利に働きます。

経営者が果たすべき安全配慮義務

職場で問題視されるさまざまなハラスメント

介護現場において、職員が安全に働く権利を守る「安全配慮義務」の一環として、ハラスメント対策は避けて通れない経営課題です 。特に介護業界では、職員間のトラブルにとどまらず、利用者やその家族との関係においても多様なハラスメントが発生しやすく、放置すれば事業所の法的責任を問われるだけでなく、貴重な人材の流出を招く致命的なリスクとなります 。 以下のハラスメントはよく職場で発生します。

1. パワーハラスメント(パワハラ)

職務上の優位性を背景に、適正な範囲を超えて苦痛を与える行為(過度な叱責や到底終わらない業務の押し付けなど)。

2. セクシャルハラスメント(セクハラ)

意に反する性的な言動や、不必要な身体への接触など。

3. モラルハラスメント(モラハラ)

陰湿な嫌がらせや言葉の暴力で、特定の職員を孤立させるなどの行為。

4. カスタマーハラスメント(カスハラ)

介護業界で特に深刻視されているのが、利用者やその家族からの暴言、暴力、過度な要求です 。利用者や家族からの暴言や理不尽な要求で、職員に「お客様だから」と我慢を強いることは安全配慮義務違反に該当します。なお、当事務所ではカスハラをテーマにしたコラムを発信中です。ぜひご覧ください(カスハラテーマのコラムはこちら)。

 

職場における不適切行為の類型と、施設管理者がとるべき対応の方向性

 

経営者は、これらのリスクを回避するために以下の3点を徹底しなければなりません。

①方針の明確化と周知

就業規則等への記載と、研修を通じた意識改革 。

②相談体制の整備

迅速に事実確認ができるマニュアルの作成と窓口の信頼性向上 。

③事後の迅速な対応

被害者へのメンタルケアと加害者(職員・利用者問わず)への毅然とした対処 。

ハラスメントへの適切な対応は、単なる法的義務の履行ではなく、職員のエンゲージメントを高め、サービス品質を安定させるための「経営基盤」の構築と言えます 。

問題職員を律する就業規則

介護現場において、職務怠慢や協調性の欠如、あるいは過度な自己主張を繰り返す「問題職員」への対応は経営者の大きなストレスとなります。これらを経営者の個人的な感情でコントロールしようとすると、かえって反発を招いたり、不当なパワハラと訴えられたりするリスクがあります。

最良かつ最強の解決策は、「業務命令権」の根拠となる職場のルールブック(就業規則)を強固に構築し、法的な布石を打っておくことです。これが最良・最強のルールブックとなります。ちなみに、常時10人以上を雇用する場合は作成が義務となります。

作成におけるポイントは以下の通りです。

就業規則の作成で押さえておくべき3つのポイント

① 業務命令権の根拠を明文化する

事業主には、円滑な施設運営のために職員へ指示を出す「業務命令権」があります 。しかし、この権利を有効に行使するためには、就業規則に「職員は会社の業務上の指示・命令に従わなければならない」という包括的な根拠規定が必要です。

急なシフト変更や担当利用者の変更、記録方法の是正指導などに対し、「契約にない」という理屈を封じ、正当な命令として確立させます。

② 懲戒事由を網羅的に、かつ具体的に列挙する

問題行為があった際、就業規則に該当する項目がなければ、適切な処分(戒告、減給、出勤停止など)を下すことができません 。

暴言、ハラスメント、無断欠勤だけでなく、「再三の指導にもかかわらず改善の見込みがない場合」や「職場の秩序を乱す言動」など、介護現場で起こりうる具体的なトラブルを想定して網羅的に記載します 。

事案が発生した際の迅速かつ適切な対応手順(事実関係の確認から処分の決定まで)を定めておくことで、手続きの不備による無効化を防ぎます 。

③遵守事項(服務規律)のページの作りこみ

経営者には職員を指揮監督する権限がありますが、何でも自由に命令できるわけではありません。服務規律に「職務上の指示に従うこと」や「ケアの標準手順を守ること」を明記しておくことで、指示に背く職員に対して「就業規則違反」として正当な指導ができるようになります。一般的な雛形にはない、介護現場ならではのルールを具体的に書き込むことが重要です。

事例を以下に記載します。

 

第〇条(遵守事項)

職員は、次の事項を守らなければならない。

一 常に健康に留意するとともに、服装などの身だしなみについては、常に清潔に保つことを基本とし、お客様に不快感や違和感を与えないように心がけること。

二 社会福祉に携わるものとして社内の和、他人へのいたわりの心をもって業務にあたること。

三 他者に対しては率先して挨拶を行い、敬意をもって接すること。

四 上長の業務命令や指示に従い、正当事由の無い限りこれを拒否しないこと。

五 定められた場所以外で喫煙するなど、事業所の規律や風紀を乱す行動をしないこと。

六 勤務中は職務に専念し、上長の許可なく私用携帯電話等を用いてはならない。またみだりに勤務の場所を離れないこと。

第〇条(ハラスメント)

一 他の職員その他法人の関係者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為(パワーハラスメント)をしないこと。

一 前号以外にも、不適切な言動や態度により他の職員その他法人の関係者に精神的苦痛を与える行為(モラルハラスメント)またはこれらに相当する行為をしないこと。

一 他の職員その他法人の関係者に対して、職場の環境を害するような性的な言動(セクシャルハラスメント)をしないこと。

職場のルールに反した職員への適切な対応手順

私はこれまで、大手法律事務所や外資系法律事務所、事業会社の法務部門などでの経験を通じて、大手企業や上場会社のコンプライアンスや労務管理にも数多く携わってきました。

そうした企業では、問題が発生してから対応を検討するのではなく、「問題が起きることを前提に、あらかじめルールを整備しておく」という考え方が徹底されています。就業規則や各種規程は、そのための重要なインフラとして位置付けられています。

一方で、介護業界では、「みんな良い人だから大丈夫」「長年働いてくれている職員だから信頼している」といった理由から、就業規則や服務規律の整備が後回しになっているケースも少なくありません。

しかし、私がこれまで数多くの労働紛争や職員トラブルに関与してきた経験から申し上げると、その多くは「就業規則に適切な定めがあれば防げた、あるいはより円滑に解決できた案件」でした。

就業規則は、問題職員を処分するためだけのものではありません。むしろ、真面目に働いている大多数の職員を守り、組織全体の秩序と働きやすい職場環境を維持するためのルールブックです。介護事業が安定的に成長していくための土台として、経営者にはぜひ就業規則の整備に力を入れていただきたいと思います。

「後編」ではより実践的な指導法を解説します

「後編」では、今回整えた就業規則をベースに、問題職員に対する「実践的な指導法」と「具体的な対応ステップ」を解説します。 日本の法律においてハードルが高いとされる「解雇」を不当解雇とされないためには、客観的な「記録」を残しながらの根気強い指導が不可欠です。具体的な「お手本」を示した効果的な指導のコツから、それでも改善が見られない場合の最終的な対応策(退職勧奨や解雇の流れ)まで、経営者を守るための実務ノウハウをお伝えします。後編もぜひご覧ください。

【後編を読む】

この記事を書いた人
弁護士 武田 竜太郎

弁護士武田 竜太郎たけだ りゅうたろう

2006年司法試験合格。外資系の弁護士事務所で約7年間、企業法務(M&Aやベンチャー支援など)に従事。企業買収を通じて会計への関心を深め、都内の不動産会社に転職し、社内弁護士として法務部門の立ち上げに携わる。勤務と並行して会計を学び、公認会計士試験に合格。

2025年に初任者研修修了。企業法務・M&A・会計の知識と経験を活かしながら、現在は介護・福祉分野の事業所支援に注力している。

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