
介護・福祉業界では、どれだけ気を付けていても思わぬ転倒事故が発生することがあります。転倒事故を起こさないための注意意識や防止策は大切ですが、万一発生してしまった際に迅速かつ誠実に対応することも大切です。治療費や賠償金の支払いもそのうちのひとつです。保険会社とやり取りして金銭面での補償を準備しなければいけません。
今回は、とある介護施設が困ってしまった事例をもとに、保険会社との付き合い方の注意点について解説します。
「要望額を出してほしい」と言う保険会社
ある介護施設で転倒事故が発生しました。ご利用者は頭を強打し死亡してしまい、施設側の過失は明白でした。これまで穏やかだったご家族は、「なんてことをしてくれたんだ!」と激昂されました。そうなってしまうお気持ちは当然かもしれませんが、職員らとしては一瞬の間に起きた事故でここまで激怒されてしまうことにショックを受け、できる限り早期にお怒りを鎮め本件を解決したいと願っていました。
事故直後は勿論、翌日以降も小まめに連絡をしていたのですが、「今は声も聞きたくない。こちらがいいというまで連絡してくるな」と言われてしまいました。針の筵のような思いで数日を過ごし、何とかご葬儀に参列することを許して頂きました。
それから2週間後。ご遺族もようやく落ち着きを取り戻され、施設長との面談の機会が設けられました。その中でご長男は「この件を最終的に解決させたい」と言われたのです。
施設長は、大事なことはうやむやにしてはいけないと思い、意を決して「それは、いわゆる慰謝料等のお支払いについても手続きを進めて宜しいということでしょうか?」と尋ねました。するとご長男は「そうです。こんなことは人生で初めてなので自分達も幾らが妥当なのか分かりません。そちらで調査して結果を教えてください。」と仰いました。
これを受けて施設は、加入していた保険会社に連絡し損害賠償額について尋ねました。
するとその担当者は、
「こちらからは金額を出せないので、先方から要望額を出してもらってください」
と返答したのです。
要望額を出すように言われても、ご遺族との関係維持が非常に危うい今の状況で、「幾らが欲しいですか」等とても尋ねることはできません。かといって保険会社が動いてくれないのでは困ります。一刻も早い解決を望んでいることは、施設もご遺族も同じでした。
困り果てた施設長は、顧問弁護士である当事務所へご相談されました。
支払額は保険会社が提示するもの
本来、保険会社から金額を提示してはいけないという決まりはありません。
保険会社側としては、被害者側が「これくらいは欲しい」と提示することでその額を基準として検討できるのでその意味で有利となるという事情があります。もし想定より低額が提示されれば、その額を支払えば終わりなので有利となる訳です。
ですが、実際には本件のように突然の不幸により生じた賠償という未経験の事態に遭遇すれば、皆目わからないので「まずはどういうものか数字を出してほしい」と思うのが通常でしょう。もし相場に基づきしっかりした計算ができるとすれば、それは弁護士に頼んだときですがそうなれば提訴のリスクは各段に上昇してしまいます。そのことに鑑みれば、保険会社の方から金額を提示した方がスピード解決に資するといえ、トータルでみればこちらの方が合理的といえるのです。
賠償には相場というものがありますし、保険会社は熟知していますから、過失の有無で争いがないのであれば数字はすぐ出せるはずです。
顧問弁護士が連絡すると…
当事務所の弁護士は、当該保険会社の担当者に直接電話し事情を話し、「保険会社から条件を出してほしい」と依頼しました。
するとあっさり「承知しました」と返答があり、その2,3日後には賠償案が提示されました。ご遺族もスムーズな展開に疑念やストレスを抱かれることなく、施設が必死で誠意を示し続けたこともあり、相場より低額で無事和解が成立しました。
もしかしたら保険会社に悪意は無く、何かしら偏った認識のもとそのように答えるようマニュアル化されていたのかもしれません。あっさり応じた位ですから、何の気なしに担当者が言っただけ、という可能性もあります。
しかし、現場で実際にご家族とやり取りし、いわば矢面に立たされる施設長以下職員にとっては死活問題です。担当者の言葉を真に受けてご家族に伝えようものなら、すぐにご家族は「介護 弁護士」で検索し弁護士から正式な請求書が送りつけられていたかもしれません。
実は多い引っ掛かりポイント
施設内事故における責任の有無や程度は事例ごとに千差万別ですが、明らかに施設の過失により死亡させてしまった場合は、提訴という最悪の事態を回避するために極力スムーズにものごとを進める必要があります。車でいえば舗装された真っ直ぐな高速道路を突っ走るイメージですが、そこに微細な小石や釘など転がっていようものなら、途端に進行はストップしてしまいます。
顧問弁護士は、そのような小石や釘を予防策を講じることで極力なくし、また今回のようにすぐ除去するという立ち回りをします。相手が保険会社でも、顧問弁護士として登場するだけで態度を替えたり、聞く耳を持ったりすることも多々あります。
本来はそういった不誠実な対応は無いのがベストですが、自分たちだけでは状況を変えられない時に、顧問弁護士が役立ちます。
当事務所は開設以来、介護・福祉分野に特化しており、様々なトラブル対応の実績がございます。介護・福祉業界の事情に合ったご支援、アドバイスが可能です。
出来るだけ迅速かつ細やかに対応できるよう、当事務所では顧問弁護士プランをご用意しております。顧問弁護士に関するご紹介ページもございますので、ぜひご覧ください。まだ顧問弁護士契約をされていない方で真剣にご検討頂いている方には20分無料のオンライン面談もご提供しておりますので、お気軽にお問合せください。
また、当事務所ではミニコラム以外にも一つのテーマを掘り下げた本格的なコラムを発信しております。こちらでは出来るだけ詳しく介護福祉において重要なテーマについての分かりやすい解説、対策法、考え方、事例などをお伝えしています。以下よりお進み頂きぜひご確認ください。

弁護士外岡 潤
弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)
2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。
ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。