「何やってんだ、この野郎!!私は客だぞ、土下座しろ!!」
余りにも理不尽な対応で店員や職員を恫喝し、いわゆるカスハラ(カスタマー・ハラスメント)を行う顧客の姿を捉えた監視カメラ映像が、ニュース番組やワイドショーで流れるのを目にする機会が増えてきたように感じます。JRや東京電力などの大企業、官公庁をはじめ対策や声明を出すなど、カスハラは今大きな社会問題となっています。
メディアで報じられるということは、これまで以上にカスハラが世間の関心を集めているということであり、これを機に顧客側が傲慢な言動を改めるきっかけになればと思う次第です。
さて、カスハラと言えば、介護福祉業界でも多数のトラブル事例が存在します。日常茶飯事と言っても過言ではないほど、大なり小なりカスハラが全国の介護福祉事業所で発生しています。
当事務所でもカスハラへの対応策をアドバイスしたり、悪質なカスハラに対しときには代理人として事業所の盾となり緊急対応することもしばしばあります。カスハラに関する基本的な解説、対策に関しては当事務所のカスハラに関する以下のコラムをご一読ください。
関連コラム:ご利用者・ご家族とのトラブル
本コラムでは、当事務所が対応したカスハラに関する事例を題材に、事業所がカスハラに対して持っておくべきマインド・姿勢に関して解説いたします。タイトルを敢えて「正しい」としたのは、誤った姿勢でいるとあっという間にクレーマーに取り込まれてしまい、奴隷のように永久的に拘束されてしまうという恐ろしさがあるためです。今回の事例も「危ないところだった」と強く感じたものですから、皆様に広く知って頂きたいと思いコラムを書きました。
※守秘義務の関係上、一部事案を改変しています。
目次
【カスハラ事例】ご利用者の娘による理不尽なカスハラ
当事務所の顧問先である介護施設の事務長よりご連絡をいただき対応しました。
<登場人物>
●ご利用者:80代男性、介護施設のご利用者。要介護度3、パーキンソン病。認知症
●娘Aさん:ご利用者の娘、50代、母親(ご利用者の妻)と同居
<カスハラの概要>
ご利用者は施設に1年前から入居していましたが、病弱であり入院、退院を繰り返していました。現在もご存命ですが、施設は退所されています。
ご利用者の娘であるAさんは、ことあるごとに施設に対して理不尽なクレームを行っていました。普段のAさんの言動から、以下のようなことを施設側は感じていました。
・認知症の症状がひどいので、自宅には帰ってきてほしくない
・自分は極力介護に関わりたくない。親の介護に関しては無関心で施設任せ
・そのくせ、施設で提供する介護には人一倍神経質になり文句を言う。そのときどきで言うのではなく、後から振り返って「あの時はこうだった」「職員がこう言った」等と苦情を延々と申し立てるが、施設側の把握している事実と異なることが多々ある。
最初の数か月間は、Aさんは父親を施設に預けっぱなしであまり関心を持っていないような態度でしたが、ご利用者が体調を崩して入院になった場合にご連絡をすると、
「何てことしてくれたんだ!施設はどんな体調管理をしていたのか!」
「私の大切な父親に万一のことがあったら、どうしてくれるのか!」
「もっと父と一緒に過ごしたかったのに!」
と感情を爆発させ、突然施設に怒鳴り込んできました。
その後もご利用者の体調や様子に、微熱や体重減少等の些細な異変があるたびに
「施設は対応を怠っている!」
「どうしてこんなになるまで放置したのか。それでも介護のプロなのか!」
「施設のせいでうちの父親は弱っていっている。」
「施設は嘘をついている。隠し事があるはずだ!」
とまで言われる始末でした。
もちろん、施設側はそういった怠慢や放置などは一切しておらず、適切な管理下で適切な対応を毎日行い、記録等もしっかり残していました。ただ、ご利用者の食事摂取量が徐々に減っていることは施設としても悩ましい問題でした。食べなければ元気でいられませんが、ご利用者に無理に食べさせることまではできません。施設としてはそのことも小まめにご家族に報告・相談し、Aさんはエンシュアやゼリー等を差し入れてくれていました。ところがAさんは一度怒りのスイッチが入ると、そうした経緯をすっかり飛ばし「施設が体調管理を怠った!」と一方的に言い募るのでした。
これは事実誤認に基づく過剰ないし不可能を強いる要求であり、その伝え方や頻度等も不適切であるため、明らかにカスハラに該当します。しかし、施設職員がいくら誠意をもってご説明をしても、Aさんの耳には一切入らない様子でした。
施設関係者を追い詰めるようにカスハラを繰り返すAさんに対し、事務長が専ら対応をしていましたが、最終的には現場職員やケアマネだけでなく事務長にも矛先が向けられ、
「事務長の言い方、態度が気に入らない。あの一言で私は傷ついた!謝罪を求めます。」
「そんなはずはない!絶対に私は悪くはない!」
「まっとうな企業ならトップが謝罪に来るべき。なぜお宅の理事直は未だに謝罪に来ないのか。この施設の仕打ちを知っているのか?」
等と言い出す始末でした。存在しないことを事実であると言い張ったり、職員の説明の言葉尻を自分の都合の良いように曲解し、苦情や疑問を矢次早に投げつけてくるので話がかみ合わない、何が言いたいのか分からない…という深刻な事態になってしまいました。そこで、当事務所へ相談が来たという次第です。
当事務所の対応内容
本件はこれまでの経緯が数か月分になり相手とのやり取りの記録も膨大で、論点がはっきりしないため事案の把握が困難でした。そこで当事務所の弁護士が施設を訪問し、事務長、相談員、ケアマネージャー等にヒアリングをしました。
時系列に沿って事実確認を行い、Aさんの苦情や申し入れに根拠は認められず、その言動がカスハラに該当することを確認しました。「とにかく、言われることに幾ら対応しても次の問題を持ち出され、終わらないのです。本当に非があれば謝罪して終わらせたいのは、やまやまなのですが…」事務長や担当職員の皆さんは、見るからに疲弊していました。
Aさんの主訴が分からない
Aさんが発言したこと、指摘してきたこと、及びそれに対する施設側の言い分をまとめていくと、話がかみ合わないことが多々ありました。例えば、
<Aさんの言い分>施設に「病気になり救急搬送が必要になっても、施設は対応できません。ご家族で救急車を呼んでください」と言われた。
<施設側の報告>施設側は一切そういった話はしていない。
<Aさんの言い分>なぜ退所したいと言ったのに対処させてくれないのか
<施設側の報告>そんな話は聞いたことが無いし記録にも無い。記録によれば「家で介護できない」という理由で入所を希望され、入所後もご利用者に無関心な様子であったので日々の介護計画についてすら相談できずにいた。
<Aさんの言い分>父の体重が減ったこと等、体調について一度も報告されていない。
<施設側の報告>逐一報告をしており、ご家族とのやり取りも記録されている(これに対しAさんは、「記録の捏造であり私の記憶が正しい」と言い張る)。
<Aさんの言い分>体重が減ったのは食べさせていないからだ、虐待だ。
<施設側の報告>本人が食べられないと言ったのでご家族の差し入れた栄養剤を飲ませ、その旨を報告している。
<Aさんの言い分>スタッフから虚偽報告をされ、そのせいで余計な出費や不安を被ることになった。
<施設側の報告>虚偽ではなく事実をお伝えしている。
これらはごく一部ですが、Aさんは自分の記憶に基づく主張が通らないとみるや、今度は事務長の「不誠実な態度」を指摘し謝罪を強要するなど、揚げ足をとるように様々なことを指摘していたのです。施設側の残した記録を確認すると施設側の言い分が正しいことが確認できました。もし本件が訴訟になったとしても、Aさんが滅茶苦茶なことを言っていることは裁判官でも理解できるでしょう。
実現不可能なことを要求するだけでもカスハラになりますが、本件のAさんの特徴は「そもそも何を主張したいのか分からない」という点でした。こうしたケースはしばしば見られますが、こちらが誠実に話をすればするほど、泥沼にはまっていくという恐ろしさがあります。
「主張したいこと」を「主訴(しゅそ)」と言いますが、トラブル対応においてはまず相手方の主訴を把握することが出発点になります。そこで当事務所では、まずこれまでの話からAさんの主訴を一通りまとめ、これに弁護士が代理人として一通り回答することとしました。その後は回答を拒絶し、シャットアウトすることで本件を強制終了させるという方針です。
Aさんの主訴をまとめてお伝えする
今回のケースでは大きく2つの主訴があると判断し、それらを文章作成したうえで、施設側の見解を述べた書類を作成しました。そして、代理人として当事務所がAさんへ送付しました。
今回のケースのように、相手があること、無いことを一方的にぶつけてくる場合は、口頭でご説明しても、相手がヒートアップして応酬が繰り広げられて収拾がつかなくなる可能性が高くなります。ですので、書面で伝えることとしました。書面で伝えれば記録が残りますので確実にやり取りができ、また後日責め立てるようなことをされても、こちら側の記録をもとに応じることが出来ます。
いずれにせよ本件はこちらがまともに応対しても堂々巡りとなることが分かっていたので、Aさん側が反論してくる場合に備え、書面末尾に「以上が当施設の見解ですが、これまで繰り返しお伝えしていたことでもあり、これ以上のご回答、ご説明は致しかねます。もしご意見やご要望等ございましたら、書面か文章にて当職までご連絡ください。」と記しました。相手側からも口頭で言ってこられないようにする対策です。
もう一点、実はAさんはご利用者の施設利用料を数十万円滞納しているという問題もありました。事務長は「火に油を注ぐことになるのでは…」と請求をためらっていましたが、文章の最後ではっきりと支払いを求めました。
Aさんからの反論メールが届く
当事務所が書面をお送りした後、Aさんからメールで反論が届きました。
こちらがまとめた2つの主訴、そしてそれに対する施設側の言い分に対して、更に事細かに反論が書かれていたのです。
通常、弁護士が代理人として書面を送付する場合、そのほとんどはそれで終了し鎮静化に向かいます。「これ以上言い張っても得策ではない」「裁判になって面倒なことになるのは怖い」と思っていただけるからと思いますが、Aさんは正面から反論されました。
しかし、Aさんが記した内容について施設側に確認したところ、やはり曲解されていることや無根拠な主張が多く存在しました。
例えば、
「なぜ私の記憶通りの記録が無いのか。施設であれば記録を取っておくのは当たり前のはずだ。」
というご指摘がAさんからありましたが、施設側はその時そのときの出来事をできる限り正確に記録しており、そもそもAさんの記憶違いということがあります。また、やり取りの一言一句を違わず記録できるはずもありません。
Aさんのご指摘は現実的ではありませんし、元々の主訴ともズレていました。ここで、私自身もようやく事務長や現場の皆様のご苦労に共感できた気がしました。
こういった主訴とはずれるご指摘、存在しない事柄、挙句の果てには「施設責任者からの謝罪が無ければ利用料は支払わない」とまで長々と書かれていました。
文章を見た施設責任者からは「これ以上、どのようにしたら良いのでしょう」という心が折れそうな気持ちがメールに書かれていました。
「どうしたら分かってもらえるか」と考えると不味い場合がある「分かってもらう」必要はない
実は、この施設責任者の「どのようにしたら良いのでしょう」という言葉は、良くない言葉です。分からなくなるのは勿論やむを得ないし当然なのですが、「相手が納得して矛を収める」ことをゴールとしてイメージしていることが分かることから、「良くない」と表現しました。
当事務所は、「誠意」をキーワードとして「ご利用者の事故をはじめとするトラブルが起きたときは、まず誠意をもって謝罪しご説明すること」と繰り返しお伝えしています。しかし、残念ながら世の中にはどのように言葉を尽くして誠意を示しても、決してご納得頂けない人もいるのです。
皮肉な話ですが真面目で誠実な人ほど、「どうしたら分かってくれるだろうか」「どこが良い落としどころだろうか」と考えこんでしまい、延々と対応するのですがそれでは精神的、肉体的に疲弊するばかりです。
誠心誠意、真面目に対応しようとすればするほど、相手の揚げ足を取ったり、論点をすり替えて勢いだけで無根拠に責め立てる人もいます。まさにそれがカスハラなのですが、カスハラは真正面から対応すると、誠実な人ほど辛い気持ちになるという場合が多いのです。
カスハラをする相手の思考は「困らせてやる」「屈服させてやる」「自身のストレスを晴らす」というところに主眼が置かれているわけなので、もうその時点で「分かりあう」「落としどころを見つける」というのはほぼ不可能に近いといえます。
もちろんトラブルが発生した当初は、このマインド(姿勢)で進めても問題●ありませんが、いつまで経っても相手側が態度を改めず、まともな話し合いもできなければ、マインドを替えていかなければなりません。では、どういったマインドになるべきでしょうか。
「押し切る」という発想と勇気を持つ
キーワードは「押し切る」こと、これに限ります。
利用者と施設の関係なので、ここは丁寧に建設的な議論を重ねて、お互いに納得できるかたちで幕を閉じれば最良ですが、相手が一方的に責め立ててまともな話し合いが出来ない場合、かつ自分たちに落ち度が無い場合は、押し切るという姿勢を持っていただく必要があります。
今回の場合、明らかに話し合いは無理ですし、事実無根の話まで出てくる始末です。揚げ足をとるようなご指摘、自分に都合の良い曲解、どれだけ誠実に対応してもまともな話し合いはできそうにないので、ここは事実を淡々と述べて押し切る戦略に切り替えるべきと判断しました。
では、本件ではAさんからの反論に対し、どう押し切ったかを解説します。
毅然とした態度で事実を伝えて押し切る
Aさんからの反論で指摘されたことに対して、毅然と事実を述べて回答しました。
・Aさんが仰る事実は無い。記録にも無い。
・職員にヒアリングしたが、そういった事実は誰からも出てこなかった。
・全てのやり取りを記録に残すことは無理があるが、普段から重要なことを細かく記録しているので、記録漏れは考えにくい。
・Aさんと他の家族の双方で意見が異なることもあり、施設側の回答が曲解されている可能性が高い。
・Aさんのご指摘に関して施設側に落ち度は無いため、施設責任者は謝罪をしない。
・Aさんが納得してもしなくても、利用料未払いについては支払ってもらう。支払わないなら法的措置に切り替える。
・これ以上は何を指摘されても施設としては対応できない。
ということを書面でお伝えしました。Aさんからの反論に対し一つ一つ事実を述べ、毅然とお伝えしました。
実はこの書き方は、裁判で相手方とやり取りする主張書面(準備書面といいます)の書き方と同じです。裁判になれば、ジャッジとなる裁判官を意識しつつ、相手の主張を全面的に否定しこちらの主張を論拠づける…という紙の上での戦いをすることになります。勿論、言葉遣いまで攻撃的になる必要はありませんが、弁護士以外の人であればなかなか書けない文章かもしれません。しかし、だからこそ本件のようなケースは弁護士でしか終わらせられないトラブルであり、弁護士の腕の見せ所であえるといえます。「押し切ってしまって、本当に訴えられたらどうしよう」という不安があるかもしれません。ですが、裁判をすること自体は何も咎められることではないし、そのときは淡々と証拠を並べて同じ主張をすればよいのです。開き直るというと言葉は悪いですが、「最悪訴えられても構わない」と覚悟を決めることも、重要なマインドといえます。
ちなみに、本件はこちらが返信した後更にまたAさんから反論が来ましたが、当方は反応せず、未払い利用料について簡易裁判所に支払督促を申し立てました。ハラスメントと未収金は別問題であり、コンプライアンスの観点からしっかりと対処する必要があります。
本来は「和の心」を持って、建設的な話し合いの末にお互いに納得できる落としどころを見つけられるのが最善だと思いますが、どうしてもそうはいかない場合があることを理解し、その場合は「分かってもらうにはどうしたら良いか」というマインドを切り替え、「押し切る」という姿勢に転じることも重要であるということです。
当事務所がサポートできること
押し切るにあたって、それを施設側で出来るケースはそう多くないのではないでしょうか。押し切る判断も難しいですし、継続する利用者・家族からの働きかけがどの時点でカスハラ認定できるかも判断が難しいところです。当事者として渦中にいればそのような発想をすること自体難しいでしょう。
さらに、押し切ろうとしても今回のように反論されたり、火に油を注ぐ事態にならないか不安を感じることがあっても不思議ではありません。
そういう場合は、ぜひ弁護士という選択肢をご検討いただければと思います。
今回のようにご利用者家族と施設側の応酬となった場合、施設側はそうとう疲弊します。ご利用者家族なので気を遣いますし、日頃の業務もあります。トラブルが他にもあると、関係者は心身共に疲れ切ってしまいます。
「どうしたら分かってくれるだろうか」と考えれば考えるほど、悪い方向へ向かい、相手の思う壺になってしまいかねません。
介護福祉分野に特化した弁護士法人である当事務所であれば、発生したトラブルに対して、対応方法のアドバイス、現場に合った応対の仕方、書面作成や代理人としての対応までトータルでサポートができます。
スポットで対応をお受けすることも可能ですが、トラブルを未然に防ぐことが事業所運営においては特に重要と考えております。
本コラムで何度も申し上げておりますが、介護福祉事業所は事業を止めることができません。止めてしまうとご利用者の健康や生命に大きな悪影響が出る危険性があります。ご家族の方も職員も困ります。
できるだけトラブルを未然に防ぐこと、発生しても被害が拡大しない初期段階で防ぐことが重要です。
そこで、当事務所では「顧問弁護士」として事業所のご支援をするプランをご用意しております。これは、医療の世界でいえば「かかりつけの医師」のようなもので、救急搬送されて初めて相談するのではなく、日頃から専門家に体調を把握してもらい、小まめに相談できる関係を築くことができます。
顧問弁護士プランに関する詳細は、文末に掲載しておりますボタンよりご確認いただけます。
また、顧問弁護士プランや当事務所の対応に関してよく頂戴する質問とその回答をまとめたコラム「今さら聞けない?「弁護士」に関する疑問20選」もご用意しました。ご不明点解消にお役立ていただければ幸いです。
なお、顧問弁護士プランに興味がございました場合は、無料で20分間ご相談やご質問にお答えする時間を設けております。以下のボタンよりお進みいただき、お申込みください。
当事務所は介護・福祉現場の平和を守ることを目的とし、この点に特化して活動しております。現場の皆様が安心して働き実力を発揮できるよう、これからもサポートに尽力して参ります。共に頑張りましょう!
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