【後編】介護経営を守る「最強の盾」 ~休憩・勤怠管理のリスクと「雇用契約書」の鉄則~

カテゴリ
コンプライアンス
公開日
2026.08.18
【後編】介護経営を守る「最強の盾」 ~休憩・勤怠管理のリスクと「雇用契約書」の鉄則~

【後編】介護経営を守る「最強の盾」 ~休憩・勤怠管理のリスクと「雇用契約書」の鉄則~

おかげさまです、武田です。

前編では、事業所と職員の間で結ばれる労働契約の基本や、労働基準法の「最低基準としての強制力」、そして残業を適法にするための「36協定」のルールについて解説しました。 後編となる今回は、より日々の現場運用に密接に関わる「労働時間の管理」と「採用時の契約書類」に焦点を当てます。介護現場で曖昧になりがちな休憩時間の正しい取らせ方や、勤怠記録の客観性の重要性、そして将来の労務トラブルを未然に防ぐための雇用契約書の作り方について、経営者が押さえておくべき実務のポイントを解説します。

休憩時間を取らせるのも経営者の義務

介護現場では「利用者の対応に追われて、まともに休憩が取れない」「休憩中もナースコールが鳴れば対応しなければならない」といった状況が常態化しがちです。しかし、法律上、休憩時間は「労働から完全に解放されていること」が絶対条件です。

休憩時間を取らせるのも経営者の義務

そもそも労働時間の定義としては、労働者が使用者の指揮命令下に置かれている時間のことで、使用者の明示、または黙示の指示によって労働者が業務に従事する時間を指します。

労働基準法では、休憩について以下の厳格なルールを定めています 。

労働時間の途中に与える

労働時間が6時間を超える場合は45分以上、8時間を超える場合は1時間以上の休憩を、勤務時間の「途中」に一斉に与えなければなりません(交代制の特例あり) 。

利用の自由

休憩時間は、職員が自由に利用できる状態でなければなりません 。

労働から完全に解放する

電話番をさせたり、待機を命じたりしている時間は「休憩」ではなく「手待時間(労働時間)」とみなされます 。

つまり、休憩時間中の職員に対しては「休憩室で休んでいてもいいが、ナースコールが鳴ったらすぐに対応してほしい」という指示をしてはいけないということになります。ご利用者の急変などで急遽現場に戻るようなことがあれば、それは労働時間にカウントされる可能性が極めて高くなります。

労働時間の記録の落とし穴

介護現場では、「労働者名簿や賃金台帳の作成」は法律上の義務です 。しかし、単に記録があれば良いわけではなく、その「正確性」が経営の明暗を分けます。特に介護経営者が陥りやすいのが、客観的な記録に基づかない「自己申告制」の運用です。

職員が自分でエクセルなどに退勤時間を記入する形式やタイムカードを自分で押す形式をとっている事業所があると思いますが、これには以下のような大きなリスクが潜んでいます。

・実態との乖離

「残業代を申請しにくい雰囲気」がある場合、職員が自主的に早めに打刻(記入)してしまい、実際の労働時間とズレが生じることがあります。職員が水増し請求をしたり、事業所がサービス残業を強いたりすることができるため、労働基準監督署から指導されるリスクが発生します。

・立証責任の逆転

裁判所は、事業主が客観的な記録(ICカードやPCのログ等)を整えていない場合、職員側が主張する「メモ」や「家族へのLINE」などを労働時間の証拠として採用する傾向があります 。

不正がしやすい管理体制では万一の時に問題が悪化しやすいため、正確に公正に記録できる勤怠管理システムの導入を進めるのが良いでしょう。

自己申告の記録VS客観的記録(ICカード・PCログ)

雇用契約を証明する重要書類「雇用契約書」と「労働条件通知書」

職員を採用する際、法的なトラブルから事業所を守るために欠かせないのが「雇用契約書」と「労働条件通知書」です 。これらは似て非なるものであり、それぞれの役割を正しく理解し、セットで運用することが推奨されます 。

① 労働条件通知書:法律で定められた「通知の義務」

労働基準法により、事業主は職員を採用する際、賃金や労働時間などの主要な労働条件を書面で通知する義務があります 。会社から職員へ条件を提示する書類です。会社が職員に対して、労働条件通知書(または書面での労働条件明示)を交付することを怠ると、労働基準法違反として罰則の対象となるだけでなく、未払い残業代請求などの際、経営側に極めて不利な証拠となります 。

② 雇用契約書:双方の合意を証明する「最強の証拠」

雇用契約書は、会社と職員が労働条件に「合意したこと」を証明する契約書です 。 会社と職員双方が署名・捺印することで成立します 。労働条件通知書だけでは「そんな条件は聞いていない」という反論を許す隙がありますが、雇用契約書に本人の署名があれば、後からの主張を封じる強力な証拠となります 。

 

実務上、最も安全な運用は、労働条件通知書の内容を盛り込んだ「労働条件通知書兼雇用契約書」として作成し、双方で取り交わすことです 。採用時に全ての条件を「見える化」し、本人の合意を得ることで、期待値のズレによる早期離職やトラブルを未然に防ぐことができます。また、万が一訴訟に発展した際、本人の署名が入った契約書は、裁判所に対して事業所の正当性を証明する「最強の盾」となります 。

厚生労働省のモデル通知書より

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この記事を書いた人
弁護士 武田 竜太郎

弁護士武田 竜太郎たけだ りゅうたろう

2006年司法試験合格。外資系の弁護士事務所で約7年間、企業法務(M&Aやベンチャー支援など)に従事。企業買収を通じて会計への関心を深め、都内の不動産会社に転職し、社内弁護士として法務部門の立ち上げに携わる。勤務と並行して会計を学び、公認会計士試験に合格。

2025年に初任者研修修了。企業法務・M&A・会計の知識と経験を活かしながら、現在は介護・福祉分野の事業所支援に注力している。

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