
介護・福祉業界に限らず、どの業界でも人材不足、採用難が叫ばれています。人材を獲得することの難しさを感じている中、さらに追い打ちをかけるような課題が発生しています。
それは、「管理職になりたくない」と思う人が増えていることです。
管理職になるということは、役職が上がり、給与も上がり、裁量も増えるということですが、その分責任も重くなります。その責任の重さと給与や待遇のバランスを考えて「自信が無いです」「やりたくないです」と思う方が増えているというのです。
介護・福祉施設はさまざまな職員で運営されているため、施設長、中間管理職者、現場職員という役職、役割が存在します。日常における事故やトラブルを回避しながら運営していくにあたり、どんな事業所でも組織マネジメントは重要な課題となります。
今回お伝えするのは、組織マネジメントで悩んだ、とある社会福祉法人のご相談事例です。
目次
「二人施設長」制なら施設長になってくれるかな?
顧問先様である社会福祉法人の理事長からご相談を頂戴しました。
運営する特養で、施設長を2人体制にしようと考えているが問題ないかという内容でした。
その法人内では、これまで施設長1人体制で運営してきましたが、施設長になりたくないという職員が増えてきたことから2人体制にするのはどうか、と考えたそうです。施設長を敬遠する理由は、責任の重さ、増える業務量にあるということでした。
理事長の案は、1人が「人事労務や関連業者とのやり取り、バックオフィス」を担当し、もう1人が「利用者、ご家族対応」を担当するというものでした。
このようにすることで、施設長1人あたりの責任と業務量を軽くできるという考えです。
このような運転体制の事例がほとんど無く、そもそも現実的なアイデアかどうかご相談をいただきました。

船頭は一人に決めておかないと却って危険
今回は純粋な法律案件ではありませんが、当事務所ではこうした経営に関するご相談もカバーしております。
このご相談には、「組織としての統制がとれなくなる危険性があるので施設長は1人が良いでしょう」とアドバイスしました。
施設長が2人という体制は聞いたことがありませんでしたが、もし二人いると、担当領域を区切ることで日々の業務の決定スピードが遅くなり、無用な衝突が生じるおそれがあります。
例えば、職員から「送迎車の調子が悪いので点検してほしい」という要望があった場合、ご利用者の送迎業務という点では、現場を管理する施設長ですが、送迎車の整備はバックオフィス担当のもう一人の施設長になります。
そうするとどちらがこの案件を主導していくかが曖昧になり、宙に浮いてしまうか、実質的にどちらか一人が主導権を握るという体制に流れがちです。或いは、施設長間で意見が一致しないような場合、対立が生じ運営が頓挫してしまうかもしれません。
施設長が1人であればすぐに意思決定ができるところ、協議する業務が増えるのです。
これは無駄な業務になりかねず、非効率化してしまいます。この間、現場職員は送迎車の点検が進まず困ることになりますし、どちらの施設長に話を持っていけばいいのか、もう一人に対しては自分が報告しなければならないのか…等と余計な気を遣うことになります。

「船頭多くして船山に上る」という諺がありますが、基本的に組織のリーダーは一人でなければなりません。勿論、そのリーダーが暴走しないようにリーダーを選出するメンバーが監視する必要がありますが、日々山のように生じるタスクを捌いていくには一人に意思決定を集中させる必要があります。
そのタスク量を少しでも軽減するために、相談員や事務局といったポジションがありますので、施設長はどんどん細かい意思決定を下部機関に委ね(権限移譲)、自分は流れを大づかみで把握して最終的に責任を取る、というポジションでいればいいのです。
さて、ここからが本題なのですが、この「責任」というものが重すぎる(と、特に若手には認識され敬遠されてしまっている)というのがそもそもの問題でした。
実はここに大きな誤解があり、責任とはいっても「ミスをしたら責任を取って全額賠償する」といった、直接損害を賠償するといったものではありません。しかし多くの人は、「責任」と聞くと何となく「土下座」「謝罪会見」「切腹」(これは流石にないですが)といった、何か得体の知れない重すぎるものをイメージしがちであるようです。
そうではなく、施設長とは飽くまで一施設の長という「機能」(機関)であり、責任というものもその役割に附随する形式的なものに過ぎず、名目的なものに過ぎないということです。

最後の最後に責任を負うのは法人
法的には、例えばご利用者や職員に損害が生じたとして、いわゆる法的責任(賠償義務)を負うのは法人です。施設長はその間に入り、事故が起きればご家族に謝罪や説明をしますが、責任を取ることにはなりません。
無責任なように感じられるかもしれませんが、「この度は申し訳ありませんでした」と真摯に謝罪していても、それはある意味「施設長という役を演じている」に過ぎないのであり、他人事として切り離して扱うくらいが丁度良いのです。勿論、対外的にはその案件に関して法人の事実上の代表として誠実さを示していく必要がありますが、その事故トラブルのせいで施設長になった人の人生が狂わされてしまうということは全くありません。勿論、横領など故意で法人に損害を与えたような場合は例外ですが…
その意味では、「理事長」については事情が異なります。理事長は法的に法人の代表機関となりますから、運営のための借り入れの際に連帯保証人となることが金融機関から求められます。そうなると、経営が頓挫すれば理事長の財産も差し出さなければなりません。しかし、施設長や一理事のレベルであれば、連帯保証人にならない限りそのように累が及ぶことはないのです。

施設長という機能を、施設オールメンバーで維持する
以上のとおり、施設長は何か特別な存在というものではなく、法的責任を課されることもありません。逆に言えば、施設長だから偉いということもなく、単なる組織の機能に過ぎないということです。
画竜点睛を欠くという諺もありますが、龍の目が無ければ全体が台無しになるからといって、目が特に偉いということはないでしょう。全体が揃ってこそ目も意味を成すというものです。この考えを進めれば理事長も皆同じということですね。
「社長なんて偉くも何ともない。課長、部長、包丁、盲腸と同じだ。要するに命令系統をはっきりさせる記号に過ぎない。」
という名言を残したのは、ホンダの祖である本田宗一郎です。こうした役職や立場を正しく理解しているリーダーの下には多くの人が集まりますし、パワハラとも無縁の強い組織になっていきます。
ですから、施設長になったからといって業務量や責任が増えるということはなく、むしろ統括的な立場になるほど業務量は減るといって良いでしょう。良い施設長とは、全体を把握した上でどんどん下部機関に業務を割り振ることができる人です。施設長を二名体制にしても、見かけはラクに思えるかもしれませんが、結局一人体制と同じか余計なトラブルを背負うことになりかねません。
施設長候補として見込んだものの尻ごみしている人には、「あなたが施設長になったからといって思い法的責任が課される訳ではないから安心して。最後は法人が責任を取ります。施設長は施設を束ねる重要な役割ですが、一機能に過ぎません。あなた一人が抱え込む必要はなく、全体を見てくれればいいのです。誰だって最初は初心者なのだから、現場も事務局も皆が一体となってあなたを支えるので、少しずつ施設長になっていってくれれば十分です」と説明し不安を和らげてあげると良いでしょう。
安心して働ける組織作りに顧問弁護士は役立ちます
このように施設の要となる施設長が安心してその役目を全うするためには、全員が連携して機能し、トラブルが起きても初期段階で火消しを行うことが重要です。道に例えれば、石ころや木の枝を少しでも取り除き、できれば綺麗に舗装するイメージです。道幅を広げ、街灯やガイドレールを付けると尚安心できるでしょう。
当事務所は、この道路整備の役割を請け負います。時には巨大な岩石が降ってくることもありますが、顧問弁護士として速やかに取り除き道路を舗装(予防法務)します。
特に施設長というポジションは、そうは言っても現場からは距離が出来てしまい、孤独になりやすいといえます。私たち介護弁護士が、施設長の心強いサポーター、相談役となり施設長を支えて参ります。
このように弁護士を身近に感じて頂き、理事長はもちろん施設長、場合によっては相談員や現場の方からも気軽にご相談いただければ、不安やリスクを低減させられることをお伝えしました。

不安を減らす・駆け込み寺としての顧問弁護士活用法もあります
繰り返しになりますが、施設全体を統括する施設長が顧問弁護士に相談できる体制を作ることで、施設長の不安が大幅に低減し働きやすくなります。人は肉体よりも精神が疲れる方がきついと言われますが、弁護士に相談し場合によっては問題を丸投げすることで、心の疲労を取り除くことができるのです。
施設長のパフォーマンスは施設全体のパフォーマンスに影響するため、顧問弁護士に相談すれば解決する問題や悩みは、すぐにご連絡いただき解消していただきたいと思います。
職員は、施設長をはじめ管理職になることを敬遠する傾向がありますが、このようい「顧問弁護士を駆け込み寺にする」「定期的に顧問弁護士に相談する場を設ける」といったことを実施することで負担を減らし、スムーズに管理職に移行しやすくなるはずです。やはり未知の役職、立場に不安を覚えるのは誰しもあることなので、組織として不安を軽くする手段として顧問弁護士を活用していただければと思います。

弁護士外岡 潤
弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)
2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。
ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。






