「施設長からハラスメントを受けた」と職員に言われたら ~注意・指導とパワハラの境界線はどこにあるのか~

カテゴリ
問題職員対策
公開日
2026.10.27

「施設長からハラスメントを受けた」と職員に言われたら
~注意・指導とパワハラの境界線はどこにあるのか~

勤務態度に課題のある職員に注意をしたところ、後になって「上司からハラスメントを受けた」と周囲に言いふらしていた。

介護福祉の現場で管理職を務める方なら、決して他人事ではないでしょう。

人手不足が続く中、職員一人ひとりに配慮しながら指導することは簡単ではありません。強く言えば「パワハラだ」と受け取られ、遠慮すれば問題が改善しない。そのはざまで悩む施設長や管理者は少なくありません。

本コラムでは、注意・指導をめぐって職員から「ハラスメント」と訴えられた事例をもとに、指導とパワハラの境界線、そして管理者が押さえておくべき伝え方の最低ラインについて解説します。

事故記録の提出を求めた職員が「ハラスメントを受けた」と主張

ある介護老人保健施設で働く介護職員のAさん(勤続10年以上)は、経験豊富な一方で、以前から勤務態度に課題がありました。遅刻や業務中の私語、指示された業務の後回しなどが目立ち、施設長はこれまでにも複数回、面談のうえで指導を行い、その内容を指導記録に残していました。

ある日、入所者の入れ歯が見当たらなくなる紛失事故が起きました。ご家族への説明に当たったのがAさんだったため、施設長はAさんに対し、当時の状況を事故記録としてまとめて提出するよう指示しました。あわせて、紛失の経緯や日頃の勤務態度についても注意をしました。

ところがその後、他の職員から施設長のもとに「Aさんが『施設長からハラスメントを受けた』と皆に話している」という報告が入ったのです。

事例の経緯

面談で見えた「受け取り方の差」

施設長は改めてAさんと面談の場を設けました。Aさんは、自身の勤務態度に問題があったことは素直に認めました。しかし、同時に「施設長の言い方がきつく感じた」と訴えたのです。

施設長としては、あくまで業務上の注意のつもりで伝えた内容でした。言った・言わないで争うつもりはないものの、自分の声かけや伝え方に改善すべき点があるのではないか。施設長は顧問弁護士である当事務所に相談のメールを送ってきました。

同じ言葉でも、受け取り方に差が生まれる

「きつく感じた」だけではパワハラにならない

結論から言えば、本件の施設長の対応がパワハラに当たる可能性は低いといえます。顧問弁護士として日頃から施設長とやり取りしている当事務所の印象でも、施設長の言い方がきついと感じたことはなく、問題はないだろうという見立てでした。

パワハラの3つの要素

労働施策総合推進法では、職場のパワーハラスメントを次の3つの要素を全て満たすものとしています。

1.  優越的な関係を背景とした言動であること

2.  業務上必要かつ相当な範囲を超えたものであること

3.  労働者の就業環境が害されるものであること

施設長と職員の間には、1の優越的な関係は通常認められます。ポイントになるのは2です。事故が起きた際に状況の記録を求めることや、勤務態度の改善を求めることは、施設の運営上当然に必要な業務指示・指導です。厚生労働省の指針も、客観的にみて業務上必要かつ相当な範囲で行われる適正な業務指示や指導は、パワハラに該当しないと明記しています。

判断基準は「本人の感じ方」ではない

もう一つ押さえておきたいのは、3の「就業環境が害されるかどうか」の判断基準です。指針では、言動を受けた本人がどう感じたかではなく、「平均的な労働者の感じ方」、つまり同じ状況で同じ言動を受けた場合に、一般的な労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるかどうかを基準とすべきとしています。

つまり、Aさんが「きつく感じた」こと自体は否定できないとしても、それだけで直ちにパワハラが成立するわけではありません。また、Aさんは何度も指導を受けており、自らの勤務態度の問題も認めています。こうした経緯も、指導の必要性・相当性を裏付ける事情になります。

判断基準は「本人の感じ方」ではない

「文字に起こしても問題ないか」で考えてみる

とはいえ、施設長が「自分の伝え方に改善点はないか」と振り返る姿勢はとても大切です。では、管理者が注意・指導をする際、最低限どこに気をつければよいのでしょうか。

当事務所が示した目安はシンプルです。語尾が「です・ます」調であること、相手を呼び捨てにしないこと。発言を文章に書き起こしたときに、誰が読んでも明らかに問題だと思われる表現でなければ、まず問題はないといえます。

声のトーンや表情といった「きつさ」は、受け取る人によって感じ方が大きく異なり、後から客観的に検証することも困難です。一方で、言葉そのものは文字にすれば誰でも確認できます。迷ったときは「今の発言をそのまま議事録に載せても困らないか」と自問してみてください。

迷ったら「文字に起こしても問題ないか」で考える

文字にしたときに問題となりやすい言葉

避けたい言い方 言い換えの例
「〇〇(呼び捨て)、何回言ったら分かるの」 「〇〇さん、この点は以前もお伝えしましたが、改めてお願いします」
「だからあなたはダメなんだ」「そんなことも分からないの?」 「今回の対応のこの部分を改善してください」
「やる気がないなら辞めれば」 「業務への向き合い方について、一度話をさせてください」
「常識で考えれば分かるでしょ」 「事故の際は〇〇の手順で記録を残すことになっています」

共通するポイントは、人格や能力ではなく「行為」と「改善してほしい内容」に焦点を当てることです。また、他の職員や利用者の前での叱責は避け、個室など落ち着いた場所で伝えることも基本になります。

面談を秘密録音しておくべきか

「言った・言わない」の争いに備えて、面談のやり取りを録音しておくべきかと考える方もいるでしょう。

相手の同意を得ずに会話を録音する、いわゆる秘密録音であっても、自分が当事者となっている会話であれば違法となることは通常なく、民事裁判でも、著しく反社会的な方法で取得したものでない限り証拠として認められる傾向にあります。そのため、音声を証拠化しておくことは不可能ではありません。

しかし、本件のようなケースで、そこまでする必要はないと考えます。管理者が日常的に職員との会話を密かに録音していると知られれば、職員との信頼関係を大きく損ないかねません。録音しなければ安心できないような関係性の中で、指導が職員の心に届くとは考えにくいでしょう。後々の業務のことを考えれば、録音はしない方が賢明でしょう。

まずは、先ほどの「文字に起こしても問題のない言葉遣い」を心がけること。そのうえで、面談の内容を書面の記録に残しておけば、多くの場合は十分です。どうしても録音が必要な場面では、「記録のために録音させてください」と相手に伝えたうえで行う方法も検討できます。

施設として押さえておきたい3つの対応

① 「ハラスメント」の訴えは放置しない

たとえ施設長自身は問題ないと考えていても、職員からハラスメントの訴えがあった以上、施設として受け止める姿勢は必要です。事業主にはパワハラの相談に適切に対応する体制を整える義務があり、相談したことを理由に不利益な取扱いをすることは禁じられています。

本件のように訴えの対象が施設長本人である場合は、法人本部の担当者や外部の相談窓口など、施設長以外の人が話を聞ける体制があると、公平性を保ちやすくなります。

② 指導は記録に残す

本件の施設長は、過去の指導内容をきちんと記録に残していました。これは大きな強みです。いつ、どのような問題について、どのような言葉で指導したのかが記録されていれば、指導が業務上必要な範囲で行われてきたことを客観的に示せます。今後も面談の都度、日時・場所・同席者・伝えた内容・本人の反応を簡潔に記録しておきましょう。

③ 面談は複数名で、目的を明確に

指導のための面談は、可能であれば主任やリーダーなど第三者に同席してもらうと、言った・言わないのトラブルを防げます。また、面談の冒頭で「今日は〇〇の件で、改善をお願いしたくてお時間をいただきました」と目的を伝えると、相手も身構えすぎずに話を聞くことができます。最後に改善に向けた具体的な行動を確認し合い、その後うまくできたときにはきちんと認めることも、指導を「責められた」で終わらせないための工夫です。施設として押さえておきたい3つのカスハラ対応
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職員への指導やハラスメントの訴えへの対応は、正解が一つではなく、管理者が一人で抱え込みがちな問題です。「この伝え方で大丈夫だろうか」と迷ったときに気軽に相談できる相手がいることは、管理者自身を守ることにもつながります。

弁護士法人おかげさまは、2009年の開設以来、介護福祉特化の弁護士法人として、全国の顧問先様をはじめとする介護福祉現場のご支援をして参りました。当事務所に所属する弁護士は介護福祉の領域に特化しておりますので、形式的な法律論だけでなく、現場の事情や当事者の心の動きにまで精通しております。そのような業界に特化した知見とキャリアに基づき、通常の弁護士にとっては難問となるケースでも即座に最適な対応法、解決法をアドバイスすることが可能です。

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この記事を書いた人
代表弁護士 外岡潤

弁護士外岡 潤そとおか じゅん

弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)

2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。

ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。

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