
「議事録を見せろ」にどう対応?
~記録の事前確認をめぐるカスハラ的要求に施設はどう向き合うべきか~
介護福祉施設では、ご家族との関係づくりのために家族会を開催しているところも多いでしょう。運営方針の説明や行事の報告に加え、質疑応答の時間を設け、その内容を記録として後日ご家族に配布するという運用もよく見られます。
ところが、この「記録」をめぐってトラブルになることがあります。「記録内容を確認させてほしい」「自分の意向と違う内容を書かれては困る」と、特定のご家族から繰り返し要求されるケースです。一見もっともらしい要望ですが、断っても何度も要求し、電話や窓口で何時間も食い下がり、職員が対応に追われ続けるとなれば話は別です。
本コラムでは、家族会記録の事前確認を執拗に求めるご家族の事例をもとに、施設がどこまで応じるべきか、そしてカスタマーハラスメント(カスハラ)としてどう対処すべきかを解説します。
家族会の質疑応答をめぐる「事前確認」の要求
ある特別養護老人ホームでは、年に2回、入所者のご家族を対象とした家族会を開催しています。家族会では施設長から運営状況を説明した後、質疑応答の時間を設けており、そこで出た質問と施設の回答は内容を整理したうえで、後日ご家族全員に書面で郵送することになっていました。この運用は、家族会の案内文書にも「質疑応答の内容は後日書面にてお知らせします」と明記されています。
入所者Aさんの長女であるXさんは、6月の家族会の質疑応答の時間に、次のように発言しました。
「この質疑応答の記録は、後日書面で配布されるのですか。配布されるなら、こちらの意向と違うことを書かれては困るので、配布前に一度見せてください。前回は私の意向と違う内容が書かれていたし、質問自体が載っていませんでした。きちんと対応してください」
施設は後日、Xさんに対し「質疑応答の記録は、ご案内のとおり内容を整理したうえで、ご家族の皆様へ周知いたします。当該記録は会議全体の概要をまとめた施設の公式記録であるため、個別のご家族に事前の確認や承認をお願いすることは予定しておりません」と書面で回答しました。
断っても終わらない電話
しかし、Xさんはこれで納得しませんでした。回答の翌日から、施設の事務室にXさんからの電話が頻繁にかかってくるようになったのです。
「配布前に見せてくれるだけでいい。なぜそれができないのか」
「前回は間違ったことを書いていたのに、今回は間違えないという保証はあるのか。保証できないなら見せるべきだ」
「見せないということは、何か都合の悪いことを書くつもりなんでしょう」
電話は1日に何度もかかってくることがあり、1回の通話が1時間近くに及ぶこともありました。対応する職員が変わるたびに同じ説明を一から求められ、施設長が不在だと伝えると「では戻ったら折り返させて」と繰り返されます。事務長や生活相談員はそのたびに業務を中断せざるを得ず、他のご家族からの問い合わせや入退所の手続きにも支障が出始めました。
次第に施設内では
「確かに前回の記録が不十分だったのかもしれない。Xさんに見せるだけなら応じてもいいのではないか」
「でも、Xさんにだけ見せたら、他のご家族にも同じことをしなければならなくなる」
「このまま電話が続いたら、職員がもたない。他の入所者へ影響が及ぶ」
施設は対応に困り、顧問弁護士に相談することにしました。

事前確認に応じる義務はない
結論から申し上げると、施設がXさんの要求に応じる法的な義務はありません。顧問弁護士である当事務所は、施設が書面で回答した方針どおり、事前確認には応じないという対応で問題ないとアドバイスしました。
家族会の記録は「施設の公式記録」
家族会は施設が主催し、施設の責任で運営する会議です。その記録は、会議全体の概要を施設がまとめて発信する「施設の文書」であり、作成者は施設、内容に責任を負うのも施設です。発言した個々のご家族の共同作品ではありません。ここが重要です。
国会や地方議会の会議録のように、発言者に発言内容の確認を求める仕組みが設けられている会議もありますが、それは規則などでそう定められているからです。施設の家族会にそのような取り決めがないのであれば、特定の参加者に事前確認や承認の権利が当然に生じるわけではありません。また、多くの施設の利用契約書や重要事項説明書にも、家族会記録の事前確認を約束する条項は置かれていないはずです。

一人に応じれば全員に応じることになる
実務的な観点からも、応じるべきではありません。Xさんにだけ事前に見せれば、「なぜあの家族だけ特別扱いなのか」という公平性の問題が生じます。他のご家族から同じ要求があれば断る理由がなくなり、記録の配布前に全員の確認を取る運用を迫られかねません。
さらに、記録の文言を巡って修正の要求が繰り返されれば、いつまでも配布できない事態にもなり得ます。記録の内容を最終的に決めるのは施設である、という線引きを最初に明確にしておくことが重要です。

質問を「記録に載せない」ことは別の問題
ただし、注意すべき点もあります。家族会の記録は概要をまとめるものなので、全ての発言を一言一句載せる必要はありません。しかし、施設にとって都合の悪い質問だけを意図的に省くような編集をすれば、ご家族の信頼を損ない、行政への相談や苦情につながる火種になります。
事前確認には応じないとしても、記録自体は公平・中立にまとめることが大前提です。
「間違えない保証はあるのか」にどう答えるか
Xさんの「前回は間違っていたのに、今回は間違えない保証はあるのか」という言葉は、現場の職員を最も困らせるものでしょう。しかし、この問いに正面から「保証します」と答える必要はありませんし、保証できないことを理由に事前確認に応じる必要もありません。
施設が負うのは、記録を誠実かつ正確に作成するよう努める責任です。どんな文書にも誤りが生じる可能性はゼロではなく、「絶対に間違えない保証」を求めること自体が、社会通念上相当とはいえない要求です。誤りがあった場合には、配布後に申し出を受けて訂正するという事後的な対応で十分に手当てができます。
回答の例としては、次のようなものが考えられます。
「記録は施設の責任において、内容を正確に整理して作成いたします。配布後に事実と異なる点がございましたら、お申し出をいただければ内容を確認のうえ、必要に応じて訂正のご案内をいたします」

前回の記録振り返ることも忘れずに
一方で、Xさんの「前回は意向と違う内容が書かれていた」「質問が載っていなかった」という指摘が事実なのかは、施設として一度確認しておくべきです。本当に重要な質問が抜け落ちていたのであれば、その点は率直に認め、今回の記録に反映させることが信頼回復につながります。
今後の再発防止として、次のような工夫も有効です。
- 家族会の様子を録音し、記録作成時に聞き直せるようにする(録音することは冒頭で参加者に告知する)
- 記録は複数の職員でチェックしてから確定する
- 質問はできるだけ事前に書面で受け付け、質問内容をそのまま記録に載せる
- 記録の冒頭に「本記録は質疑応答の概要をまとめたものです」と明記する
こうした仕組みを整えておけば、「施設は正確な記録のために必要な手順を踏んでいる」と説明でき、根拠のない言いがかりに対しても毅然と対応できます。
要求の中身より「やり方」がカスハラになる
「記録を事前に確認したい」という要望そのものは、ご家族の心情としては理解できるものです。一度だけ要望を伝えてくること自体は、カスハラとはいえないでしょう。
問題は、施設が明確に断った後も、同じ要求を何度も繰り返し、電話や窓口訪問で長時間にわたって職員の時間を奪い業務を妨げている点です。カスハラかどうかは、要求の内容が妥当かどうかに加えて、その手段や態様が社会通念上許容される範囲を超えているかどうかで判断されます。本件では、要求の内容自体に法的な根拠がないうえ、繰り返しの電話や長時間の拘束、「何か都合の悪いことを書くつもりだろう」といった決めつけなど、態様も相当性を欠いています。カスハラに該当すると評価してよい事案です。

2026年10月からカスハラ対策は事業主の義務に
2025年6月に改正労働施策総合推進法が公布され、2026年10月1日から、カスハラを防止するための雇用管理上の措置を講じることが全ての事業主の義務となりました。同法では、顧客や施設の利用者など事業に関係する人の言動のうち、社会通念上許容される範囲を超え、労働者の就業環境を害するものをカスハラと位置付けています。電話によるものも対象です。
事業主には、カスハラへの方針の明確化と周知、相談体制の整備、発生時の迅速かつ適切な対応などが求められます。利用者やご家族も「施設の利用者その他の事業に関係を有する者」に含まれますから、介護福祉施設も当然に対象です。
つまり、Xさんのようなケースを「熱心なご家族だから」と職員に我慢させ続けることは、今後は施設自身の義務違反の問題にもなり得るのです。職員を守ることは、法律上も施設の責任となりました。

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弁護士外岡 潤
弁護士法人おかげさま 代表弁護士(第二東京弁護士会所属)
2003年東京大学法学部卒業後、2005年司法試験合格。大手渉外事務所勤務を経て2009年に法律事務所おかげさまを開設。開設当初より介護・福祉特化の「介護弁護士」として事業所の支援を実施。2022年に弁護士法人おかげさまを設立。
ホームヘルパー2級、視覚ガイドヘルパー、保育士、レクリエーション検定2級の資格を保有。











