これだけは押さえる『介護施設現場の虐待予防と身体拘束』
今回は、介護施設の新規職員の方向けのお話になります。少し重いテーマですが、大変重要
な内容ですのでしっかり学習していきましょう。
虐待とは
早速ですが、“虐待”について皆さんどんなイメージがありますでしょうか。まずは思いつく
ものを挙げてみましょう。ペアで話し合ったり、ディスカッションしても構いません。特に
施設で起こりうる虐待には、どんなものがあるでしょうか。
虐待の5つの類型
高齢者虐待防止法には、虐待について5つの類型が定められています。この5種類の虐待を
頭に入れていただき、現場でそれらしきものを発見したら適切に対応できるようにしまし
ょう。そのためにはまず、それが虐待だと見抜ける目を養うことが大事です。まずはこの高
齢者虐待の5つの類型を覚えましょう。
身体的虐待、ネグレクト(あるいは不作為による虐待)、心理的虐待、性的虐待、経済
的虐待の5つです。たくさんありますが、ひとつずつ見ていきましょう。
身体的虐待
高齢者虐待防止法では、高齢者の身体に外傷が生じ、又は生じるおそれのある暴行を加
えることを、身体的虐待と定めています。残念ながらこれが、施設では一番多いと言
われています。
ネグレクト
高齢者を衰弱させるような著しい減食、又は長時間の放置、その他の高齢者を擁護すべ
き職務上の義務を著しく怠ることを、ネグレクトと言います。
例えば、ベッドでコールを何回も鳴らすご利用者がいたとして、毎回対応するのが大変とい
った理由でそれをわざと無視するなど。そういうことが常態化すると“著しい放置”となり、
ネグレクトになりかねません。
心理的虐待
高齢者に対する著しい暴言、又は著しく拒絶的な対応、その他の高齢者に著しい心理的
外傷を与える言動を行うことを、心理的虐待と言います。こちらも残念ながら、日常
で起きやすいです。
例えば、コールが鳴って行ってみると「お手洗いに行きたい」と言われ、付き添ったけれど
排泄がなかった時に、「出ないんだったら呼ばないでよ!」みたいに強く言うと、それは心
理的虐待になってしまいます。
ギスギスした現場だとどうしても、ご入居者に心無い言葉をぶつけてしまう人もいるかも
しれませんが、それは本来あってはいけないことであり、法律が心理的虐待と定める許され
ないことだと認識するのが大事です。
性的虐待
高齢者にわいせつな行為をすること、又は高齢者をしてわいせつな行為をさせること
を、性的虐待と言います。
経済的虐待
高齢者の財産を不当に処分すること、その他当該高齢者から不当に財産上の利益を得
ることを、経済的虐待と言います。
この“性的虐待”や“経済的虐待”は、統計からするとそんなに施設では起こりません。やはり
多いのは、身体的虐待や心理的虐待、あるいはネグレクトだと言えます。
虐待を見つけた時の対処法
虐待を見つけた時に、施設の職員は一体何をすればいいのでしょうか。これが肝心なのです
が、虐待防止法では、高齢者虐待を受けたと思われる高齢者を発見した場合は、速やか
に、これを市町村に通報しなければならないとしており、虐待を受けたとはっきりわ
からなかったとしても、「これは虐待ではないか?」と思えた段階で市町村に通報してくだ
さいと求めています。
しかし現実には、いきなり市役所に電話をして「虐待を見ました」と言うのは、少し勇気が
いりますし、なかなかハードルが高いと思われるかもしれません。これは皆さんが働かれる
施設のルールにもよりますが、やはり通常は、直接のユニットリーダーや施設長など、内部
の上司へ報告することになっているかと思います。
ですが法律が求めているのはあくまでも、「市町村に対して報告してください」なのだと、
基本として押さえておいてください。通報を受けますと市町村は、県と連携して調査をし、
法律に基づいて指導や監査を行います。そして虐待があったと認めた場合には、その事実を
公表し、施設に対して改善命令を下すというように段々と大ごとにはなりますが、やはり現
場の高齢者を守れないのであれば、その施設は失格となります。
大変厳しい対応にはなりますが、だからこそ現場では万が一にもこういった虐待が起きて
はいけないと、緊張感を持ってご利用者を見ていく必要があります。
虐待をした人のペナルティ
虐待をした人はどんなペナルティを受けるのかですが、虐待防止法に定めるこの5つの虐
待をしたからといって、例えば心理的虐待罪などといった、犯罪として裁かれることはあり
ません。
しかしそれとは別に、一般的な法律として刑法がありますので、物を盗んだら窃
盗罪、人を殺したら殺人罪など、犯罪に被って成立することがあります。虐待の程度がエス
カレートしていくと、刑事罰相当として警察が動き、裁判によって裁かれるというような大
ごとになってしまうこともあります。
実際に刑事罰となったケース
あってはならないことですが、過去には殺人罪に当たるケースもありました。ご
利用者をベランダから転落死させた事件です。大変ショッキングですが、報道もありました。
傷害罪の場合、刑法では“人の身体を傷害した者は、15年以下の懲役”となって
おり、こういうことが老人ホームで起きるのは本当に信じられませんが、そんな報道もたま
に目にします。
あるいは傷害罪にまで至らなくても、暴行罪というものもあります。これが一番
成立しやすい刑事罰と言えますが、身体的虐待をした場合、刑法として暴行罪で裁かれるこ
ともあると頭に入れておいてください。
何故虐待をしてはいけないのか
そもそもなぜご入居者・利用者に対し、虐待をしてはいけないのでしょうか。そういった当
たり前のことほど、面と向かって訊かれるとなかなか説明が難しいですよね。しかしそれを
平たく自分の言葉で答えることができれば、ちゃんと理解したことになると思いますので、
是非考えてみてください。そしてペアやグループで話し合ってみましょう。
法律的な言葉を使って説明しますと、それは“ご利用者の〇〇と〇〇を守るため”となり、〇
〇にはそれぞれ人格と尊厳が当てはまります。どちらも少し難しい言葉
ですが、人格とは個人の心理面での特性や人柄のことであり、尊厳とは尊く厳かで犯しては
ならないこと、あるいは気高く威厳があることといった意味になります。これをまとめると、
すべての個人が、等しく互いを人間として尊重する法原理となります。
それは「当たり前だよ」と思われるかもしれませんが、もしかしたら施設で働くうちに感覚
が麻痺していって、認知症で言葉が理解できない方や、声を上げられないご利用者の方と接
する時に、動物を扱うような言葉や子供に対する言葉などを投げかけることがあるかもし
れません。ですがそれは大変危険です。
相手が例え認知症だからといって、人間の価値としては何も違いはなく、みんな同じ人間で
す。もっと言えば、高齢者は人生の大先輩なわけです。相手を尊敬する気持ちを忘れずに
日々接していく、これは口で言うのは簡単ですが、実際にずっとやり続けるのはなかなか難
しいことだと思います。
だからこそこのような機会に、「これは虐待ではないかな?」と改めて確認や注意をしなが
ら、お仕事をしていただきたいと思います。
介護現場の虐待予防についてのまとめ
まず虐待には5つの類型、身体的虐待・ネグレクト・心理的虐待・性的虐待・経済的虐待が
あります。これを頭に入れて現場で虐待に気づけるようになること、そして万が一虐待を見
つけたら、まずは身近な上長や施設長にすぐ報告しましょう。それでも動いてくれないよう
な時には、市町村に通報をしなければいけないと法律ではなっていて、虐待かどうか迷った
場合でも、上長に報告や相談することが大事です。
特に“接遇(マナー)”について注意が必要です。認知症の方が相手だからとどうしてもおざ
なりになってしまう、例えばご利用者の居室に入る時、何度も出入りしているといちいちノ
ックをしなくなるかもしれませんが、もし自分が部屋でくつろいでいていきなり扉を開け
られたら、嫌な気持ちになりませんか? 相手が認知症だから構わないと、ないがしろにし
ていないかどうかを是非自分に、あるいは周りの人に問いかけ続けていただきたいと思い
ます。
そういった意味では、まだ施設の現場に慣れていない皆さんの一般人としての感覚は大事
だと思います。「やっぱりおかしいと思う」となったら、臆せずに声を上げていかないと、
それが施設の当たり前としてまかり通ったり、段々虐待に片足を踏み込んでしまうことに
もなりかねないので、是非皆さんのフレッシュな感覚で、現場のご利用者を守っていただき
たいと思います。
身体拘束について
身体拘束と書くと何か拷問のようなイメージがあるかもしれませんが、実際に現場ではこ
んな悩みがあります。
車椅子に乗った状態でバランスが取りづらいご利用者がいる場合、シートベルトをするよ
うに安全ベルトをします。そのベルトをご利用者自身が外せない場合、自由に動けなくなっ
てしまうので、そのご利用者の尊厳を奪う行為だと見なされてしまうのです。
これは身体拘束であり、原則として許されない行為となりますが、一方でこの方を支えるも
のがなければ車椅子から落ちてしまうかもしれません。そして怪我をすればそれは大きな
責任問題になるので、ご利用者の自由を取るのか安全を優先するのか、その狭間ですごく揺
れてしまうのが身体拘束の大きな問題の根本です。
法令で定める身体拘束
なかなか一筋縄ではいかないところもありますが、法令では次のように定めています。
当該入所者又は他の入所者等の生命または身体を保護するため緊急やむを得ない場合
を除き、身体的拘束その他入所者の行動を制限する行為、これを行ってはいけない
ここで大事なのは、原則としては「身体的拘束をしてはいけない」のですが、100%どん
な場合でも絶対にしてはいけないとは言っていないことです。生命や身体を保護する
ために緊急やむを得ない場合の時は、例外的にしていい場合もあるというのがポイン
トです。
そして身体拘束をやむを得ず行う場合には、
その態様及び時間、その際の入所者の心身の状況、並びに緊急やむを得ない理由を記録
しなければならない。
実際に身体拘束をする場合に多いのが、記録をおろそかにすることです。もしかしたら、新
人研修を受けた皆さんが逆に、記録することを施設に教える場面もあるかもしれません。拘
束をする以上は、ちゃんと記録をとらなければいけないということです。
虐待と身体拘束
虐待とはどのような関係にあるのかというと、身体拘束には例外的に許される適法な拘束
と違法な拘束があり、違法な拘束になると身体的虐待と評価されます。
例えば、認知症のご利用者が何度も外に出てその対応が大変なので、夜勤の職員がある時、
勝手にドアの外側からつっかえ棒をかけて閉じ込めてしまった場合、それは身体拘束であ
り違法な拘束になるので、イコール虐待となります。
早朝になって夜勤の方と交代する時に、「あれ? この部屋につっかえ棒がしてある。これ
はどういうことですか?」と事情を訊き、特に理由がない場合は「これは虐待だ」となり、
上長に報告したり、場合によっては市町村に通報したりする対応が必要になります。
高齢者虐待防止法と違い身体拘束に関しては、令和4年の段階でまだちゃんとした法律が
ありません。厚生労働省が平成13年に出した“身体拘束ゼロへの手引き”という
パンフレットしかありませんが、これが現場での一つの基準になります。このパンフレット
はインターネット等で無料閲覧できますので、興味のある方は是非読んでみてください。
例外的に拘束できる3つの要件
では、例外的に拘束できるのはどのような場合なのか、これは3つの要件を満たす場合に許
されます。1つ目が切迫性、次に非代替性、最後に一次性で
す。
要するに、危険が差し迫っていて、他に方法がなく、一時的なものである場合で
あれば、例外的に身体拘束はしても構わないとなっています。拘束をする際は常に「3つの
要件を満たしているか?」と検討することが大原則になります。
身体拘束についてのまとめ
身体拘束に関してはまず、例外的に許される3つの要件、切迫性、非代替性、一次性を頭に
入れておきましょう。これらを暗記する必要はありませんが、「確か三要件というのがあっ
たな」と構造だけでも頭の片隅に入れておいてください。
そして、この要件を満たさない拘束は違法であり、虐待になること。この要件を満たすと判
断した場合には例外的に許されますが、検証と記録を怠らないようにすること。これがポイ
ントでした。
施設では本当にいろいろなことが起きますし、他にも学ばなければいけないことは沢山あ
るとは思いますが、やはり本来あってはいけないことを実際に防げるのは、現場の方しかお
られないと思います。だからこそ今回学んだことを現場で活かし、これからも良いケアを提
供していただければと思います。
虐待・身体拘束に関する講義の解説
身体拘束における未実施減算について、「年2回定期的にやったとしても、新規入職者の方
にも都度、研修をしなければ減算になってしまう」という話をしましたが、今回は介護施設
の新規職員向けに「虐待と身体拘束の予防に関する講義」という15分の講義動画をアップ
ロードしました。これは皆さんどなたでも無料で視聴できますので、是非ご活用頂きたいと
思います。
一般企業なら1つの場所で5人や10人をまとめて教えることができますが、介護施設で
は1人2人入っては来月で辞めてしまったり、結構出入りが激しいところも多いと思いま
す。もっと言えば、派遣の方はどうか。厳密に言えば、利用者側から見れば派遣の職員だろ
うと正職員だろうと同じですが、施設側から見れば派遣の方は助っ人として来てもらって
いるので、研修までは手が回らないとか、「派遣元が教育をしてくれているのでは?」みた
いに思っているところもあるかと思います。
しかし万が一、派遣職員が虐待や事件を起こしてしまいますと、結局は施設の責任になりま
す。ですから最低限法令ではどうなっていて、どういった行動をしなければいけないのか、
これをオンデマンドで一人一人が自由な時間にサクッと視聴できることが、やはり効果的
なのかなと思い、今回このような講義動画を作りました。
施設長や直属の上司の方向け:講義動画をどう使うのか
建前と言えば少し語弊がありますが、虐待防止法が求めているのは確かに「虐待を受けたと
思われる高齢者を発見した場合には、直ちに市町村へ通報しなきゃいけない」ということで
す。それが法律の求めることであり正しいことですが、実際に新人の方が、「これは虐待で
すね。すぐ役所に行ってきます」となると、やはり施設としては「ちょっと待ってくれ」と
なるのが正直な思いではないかと思います。
当然隠蔽するつもりはないけれど、施設長が知らない状況で役所から突然電話がかかって
きて、「虐待の疑いがあるようなので、これから調査に行きます」と言われても、混乱して
しまいますよね。なので、どのように現場の方に話をするのかが実は大きな問題であり、考
えなければいけないところですが、そうは言っても現場の方もいきなり役所に電話をする
のはハードルが高く、変な話ただでさえ仲間を売ったり、先輩をチクったりと、密告には気
が引けると思います。
やはり現実的でスタンドダードな方法としては、「まずは一番身近なユニットリーダーや、
施設長である私に何でも報告してください」と、「虐待かどうか迷ったときにも教えてくだ
さい」と現場の情報を集めるように努力するのが順当だと思います。もちろんそれを隠蔽し
たり、無かったことにするのは許されませんが、虐待と認定したらそれはもう速やかに役所
へ報告しなければいけませんし、改善が必要です。そのような報告を受ける一方で、現場の
人からしたら勇気を持って報告したのに状況が全然変わらない場合には、市町村に報告し
ていいですという言い方になるかと思います。
そのあたりを毎回悩むのですが、一応講義では法律の原理原則論を話しつつ、現実にはユニ
ットリーダーや直属の上司に報告するのが順当という話をしていますので、「うちの方針と
少し違う」という場合もあるかと思いますが、そこは事前に動画のチェックをしていただき、
「これはいい講義だ」と思う場合にのみご使用ください。無料ですので参考程度に留めてい
ただき、自己責任でご利用いただければと思います。
ミニテストをご用意しました
講義をやっても記録に残すことが大事で、アンケートをとったり、ミニテストをやってもい
いとお話しました。そこで今回、講義動画の概要欄に Word でダウンロードできるミニテス
トをご用意しました。
「問題編」と「解答編」がありますが、A4用紙1枚分のデータで、概要欄の URL からダ
ウンロードできます。これは今回初めての試みなので、不具合等が発生する可能性もありま
すが、随時訂正していきます。
内容としては、例えば虐待の類型をあげてくださいとか、〇×問題になりまして、30点満
点のテストです。使い方は自由ですが、例えば15点以下だったら十分に理解したと言えな
いので、もう一度視聴して再テストを受けてくださいという感じでお使いいただければと
思います。
どこまで厳しくやるかという問題はありますが、やはり虐待や身体拘束は本当に起きてし
まうと大変なことになりますので、絶対に起こさないという覚悟や思いが大事だと思いま
す。比べるのもおかしいのですが、新型コロナウイルスを感染させないのと同じぐらいの気
概が必要だと思います。
人が少ないからしょうがないとか、教育してもすぐ辞めてしまってどうしようもないとか、
そういう風に諦める前に何かできることがあると思いますので、このミニテストが一つの
きっかけになれば嬉しいです。
今回はテスト導入的な形になり、トライ&エラーでご迷惑をおかけするかもしれませんが、
次は訪問介護やケアマネージャー、在宅ケアマネの方も虐待に関して研修をしなければい
けないとなりましたので、訪問編も作ろうと思っています。
訪問の場合は施設内虐待とは違い、ご家族、家庭内での虐待も出てきますので、少し内容が
変わってきますが、大事なテーマにはなりますし、3年以内にやらなければいけないと義務
化もされましたので、そちらも作成&アップロードしますので是非ご利用いただければと
思います。