身体拘束と虐待のグレーゾーン事例

介護現場では、ご利用者の安全確保のためにやむを得ず身体拘束が行われることがあります。例えばベッドのいわゆる四点柵や車いすの安全ベルト、経管の自己抜去を防ぐために両手にミトンをはめる行為などが該当します。

しかし、実は、これらの行為はグレーゾーンにあたり、常に虐待に該当する可能性や倫理的な問題が生じることがあります。ある相談事例で考えてみましょう。

 

介護福祉特化の弁護士と考えるグレーゾーン事例

 では、具体的な事例で考えていきましょう。

施設で、ご利用者の衣服等に鈴を付けるという行為は虐待でしょうか?

 

考え方

「猫の首に鈴を付ける」といった行為を連想させるので、倫理的に問題であることは確かであると思います。しかし、法的にみて明らかに違法といえるか、即ち虐待に該当するかについては判断が難しいといえます。

 

ご利用者に鈴を付けるということは、職員が無意味に、或いはふざけてやっているものではなく「転倒リスクが大きいご利用者が動かれたときにすぐ周囲のスタッフが気づけるように」という安全確保上の理由があるからです。

「音が鳴ることで周囲が気づく」という点でいえば、離床センサーやセンサーマット等と同じ原理であるとも言えそうです。

このようなとき、法的な考え方としては「まず定義にあてはめ、該当するか否かを検証する」ということをします。もっとも、身体拘束については現状「身体拘束防止法」といった明確な法令が存在するものではなく、厚生労働省が平成13年に出した「身体拘束ゼロへの手引き」というガイドラインしか存在しません。

 

 

そこには具体例として「徘徊しないように車いすやいす、ベッドに体幹や四肢をひも等で縛る」「自分で降りられないように、ベッドを柵(サイドレール)で囲む」といった行為が挙げられています。しかし、本件のような「ご利用者に鈴を付ける」という行為については言及されていません。

これらはあくまで例示に過ぎませんから、載っていないからといってこの行為が「身体拘束に該当しない」と言い切れるものではありません。前述したとおり、「定義」に照らし該当性を判断する必要があります。

もっとも、ここが難しいところですが、身体拘束についてはまだ法令が存在せず明確な定義が定められていません。そこで筆者である私、外岡が考える定義を以下に示します。なお、これはあくまで検討を進めるための私案に過ぎませんので、その点ご了承頂ければ幸いです。

 

外岡流・身体拘束の定義

特定の利用者の行動の事由の一部または全部を直接的に制限する行為

まず、利用者Aさん、Bさんなど特定の人の行動の自由を制約する行為でなければ身体拘束には該当しません。もし不特定多数に対する行動制限も身体拘束に該当するとすれば、施設において行われている正面玄関の施錠やエレベーターの利用制限等も全て身体拘束となり、現場が成り立たなくなってしまうためです。

 

 

次に「行動の自由の一部又は全部を直接的に制限する」という点について補足します。ここでいう「直接的に」とは「対象となる行動を制限することを主目的としている場合を指す」ものとします。

ここで問題となるのがセンサーマットや見守りカメラですが、これらの設備や装置自体が身体拘束に該当しないことは争いのないところかと思います。もし、センサーやカメラの存在そのものが身体拘束であるとすれば、先ほどの施設玄関の施錠と同じく、導入している全ての施設が違法であるということになってしまうからです。

問題はその理由付けですが、ここで「直接的に」という要件が機能します。つまり、センサーマット自体は「ご利用者がベッドから起き上がろうとする状況を職員に伝える」ことを主目的としており、ご利用者の行動を制約する直接の効果はありません。もし、センサーが鳴り駆けつけた職員がご利用者をベッドに無理やり座らせるようなことがあれば、その行為自体は身体拘束になります。しかし、センサーまで拘束の手段であると認定することはできないのです。このように、前後につながる行為や現象とは切り離して検討する必要があります。

ここで今回の問題である鈴について考えると、センサーと同じくご利用者の動きを音で知らせるものに過ぎません。故にこれ自体が「身体拘束に該当する」とは言えないものと思われます。

 

 

しかし、だからといって全く問題がないかというとそうではなく、今度は高齢者虐待の観点から分析する必要があります。
虐待には身体的虐待、性的虐待、心理的虐待、ネグレクト、経済的虐待の5種類があります。この中では心理的虐待に該当する可能性が最も高いといえるでしょう。
そして、心理的虐待は高齢者虐待防止法上「高齢者に対する著しい暴言又は著しく拒絶的な対応その他の高齢者に著しい心理的外傷を与える言動を行うこと」と定義されています。
これに照らせば、本ケースもやはり動物扱いをするかのような行為であることから「著しい心理的外傷を与える言動」に当たり得るといえるでしょう。
結論としては心理的虐待が成立する可能性が高いといえるのではないかと考えます。

 

 

もっとも、実務上悩ましいことは、法律上虐待、或いは「虐待を受けたと思われる」レベルでよいので認識した者は、すぐに市町村に通報しなければならないというルールになっている点です。本件でも、鈴を付けている状態をひと目見ただけで、「これは心理的虐待だから通報しなければ」と判断、行動することが求められる…ということになってしまうのです。

しかし、現実にそのようなことで直ちに通報していては現場が成り立ちませんし、チームワークが乱れることを恐れ、敢えて通報しないということもあるのではないかと思います。ここが虐待のグレーゾーンケースの対応の難しいところです。

このようなときこそ、施設、組織全体の風通しをよくして、細かなことでも皆でオープンに話し合える関係性をつくることが重要です。「虐待」「通報」という言葉の重い響きから、つい自分だけで判断しなければならないと思い詰めてしまいがちですが、グレーと思われるケースについては積極的に職員間で協議検討できることが理想的です。

そのうえで、「自分としてはやはり虐待であると考えるのだけれども、周囲が同じように受け止めてくれない」といったような場合には、ご利用者の人権を守るために外部通報などのアクションを起こせば良いでしょう。

 

「介護丼」は虐待? 

ご利用者に食事をお出しするときに、茶碗に盛り付けたご飯の上におかずを全部載せて提供する食事形態を「介護丼」と呼ぶことがあると聞きましたが、これは虐待でしょうか。

これも鈴を付ける行為と同じく微妙なケースといえそうですが、人により受け止め方、感じ方が大きく異なるものかもしれません。ただ、一ついえることは、職員が「食器を洗いたくない」「面倒」といった自分の都合で行っているのであれば、それは明らかに「利用者本位」から外れた行為ですので、不適切であることは間違いないといえるでしょう。

判断に迷ったときは、その行為がそもそも何のために、誰のために行っているのかを考えてみることが鍵になることもあります。

 

  

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